無調
「無調」について、用語の意味などを解説

atonality(英)
無調とは、調性の不在、すなわち中心となる主音を持たない状態。その様な状態の音楽を「無調音楽」という。無調性。
「中心」の喪失と「個」の解放 無調という革命
無調(Atonality / Atonalität)とは、西洋音楽を数世紀にわたって支配してきた「調性(Tonality)」というシステム、すなわち「中心音(主音)」への重力から解放された音楽の状態を指す。
伝統的な音楽(長調や短調)においては、すべての音は「ド(主音)」という王を中心としたヒエラルキーの中に存在する。属音(ソ)は主音へ帰りたがり、導音(シ)は主音へ解決したがる。この「緊張と解決」のドラマが音楽の構造を支えていた。しかし、無調音楽においては、この中心が存在しない。すべての音は等価であり、どの音も王にはなれず、帰るべき家も持たない。それは、絶対的な価値観や神が失われた近代社会の不安と自由を、音響の世界で体現した革命であった。
「不協和音の解放」――シェーンベルクの宣言
無調への扉を開いたのは、オーストリアの作曲家アルノルト・シェーンベルクである。彼は「不協和音の解放(Emancipation of the dissonance)」という概念を提唱した。
バロックからロマン派までの音楽において、不協和音は「協和音へ解決されるべき一時的な濁り」として扱われてきた。しかし、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』以降、半音階の多用によって調性は極限まで拡張され、解決されない不協和音が常態化していった。シェーンベルクは、これをさらに推し進め、「不協和音はもはや解決される必要のない、自立した響きである」と定義したのである。これにより、美しさの基準は「調和」から「真実の表現」へと劇的にシフトした。
表現主義と内面の叫び
無調音楽の誕生は、美術や文学における「表現主義(Expressionism)」と密接にリンクしている。カンディンスキーが具象的な対象を描くことをやめ、色彩と形だけで内面を描こうとしたように、無調の作曲家たちは、既存の調性という枠組みでは捉えきれない人間の深層心理――不安、恐怖、衝動、狂気――を音で描こうとした。
シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』や、ベルクの『ヴォツェック』において、無調は単なる実験ではなく、フロイト心理学が暴き出した無意識の領域、すなわち理性の光が届かない「心の闇」をリアリスティックに描写するための必然的な手段であった。そこでは、美しい旋律よりも、神経を逆撫でするような鋭い音色が、真実の声として響くのである。
「12音技法」による新たな秩序
初期の無調音楽(自由な無調)は、調性というルールを捨てたものの、それに代わる構造を持たなかったため、長大な楽曲を構成することが困難であった。そこでシェーンベルクが1920年代に考案したのが「12音技法(Twelve-tone technique / Dodecaphony)」である。
これは、オクターブ内の12個の音(白鍵7つ+黒鍵5つ)を、一度ずつ使って並べた「音列(セリー)」を作り、その順序を厳格に守って曲を作る手法である。これにより、特定の音が強調されて中心音(調)が発生することを防ぎつつ、数学的な秩序によって楽曲に統一感を与えることが可能になった。これは、調性という「自然の重力」を、「人工的なルール」によって置き換える試みであり、現代建築のような機能美と厳格さを音楽にもたらした。
聴取の困難さとその先にあるもの
無調音楽は、多くの聴衆にとって「難解」で「不快」に感じられることが多い。それは、私たちの耳が「解決(安心感)」を求めるように習慣づけられているからである。無調音楽を聴くことは、地図を持たずに未知のジャングルを歩くような緊張感を強いる。
しかし、その緊張感の先には、調性音楽では決して味わえない独特の美学がある。一つひとつの音の「孤立した美しさ」、予測不可能な展開が生む「スリル」、そして、解決されないからこそ持続する「無限の浮遊感」。ウェーベルンの作品に見られるような、音と音の間の静寂が張り詰めた結晶のような世界は、無調でなければ描けなかった境地である。
無調とは、音楽における民主主義の極致である。12の音はすべて平等であり、リーダーはいない。その混沌と秩序の狭間で鳴り響く音響は、複雑化し多様化した現代社会を生きる私たちの、分裂した精神の鏡像そのものなのである。
「無調とは」音楽用語としての「無調」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
