モルモランド
「モルモランド」について、用語の意味などを解説

mormorando(伊)
モルモランド=囁くように。呟くように。
発想記号(発想標語、曲想標語)のひとつ。
風と水のささやき 自然界の模倣としての機能
音楽用語のモルモランド(mormorando)は、イタリア語で「ささやくように」「つぶやくように」と訳されるが、その語源であるラテン語の murmurare には、より原初的な「ざわめき」のニュアンスが含まれている。それは人間同士の秘密の会話だけでなく、小川のせせらぎ、木々を揺らす風の音、遠くから聞こえる群衆のざわめきといった、自然界や環境が生み出す「持続的な低音のノイズ」を音楽的に模倣するための指示語である。
したがって、モルモランドが指定された場合、演奏者は一つひとつの音符を明確に発音(アーティキュレート)するのではなく、音の輪郭を意図的にぼかし、全体の響きを一種の「音響的な背景(テクスチャ)」として処理することが求められる。主役である旋律を際立たせるために、あえて不明瞭で、しかし絶え間なく動き続ける生命的なざわめきを作り出すこと。それがモルモランドの本質的な役割である。
フランツ・リストが愛した「祈り」の響き
ピアノ音楽においてモルモランドを極めて効果的に用いたのは、フランツ・リストである。彼の『巡礼の年』や『2つの演奏会用練習曲』の第1番「森のささやき(Waldesrauschen)」において、モルモランド的なパッセージは重要な意味を持つ。
リストにとってこの技法は、単なる自然描写を超え、宗教的な法悦や祈りの境地を表現する手段でもあった。高音域でのトレモロや、中音域での細かいアルペジオが、ペダルの残響の中で混ざり合うとき、ピアノという打楽器的なメカニズムは消失し、あたかもハープや風鳴り琴(エオリアン・ハープ)のような、神秘的な持続音へと変貌する。演奏者は、指先の骨を感じさせないほど脱力し、鍵盤の底を叩くのではなく、表面を撫でるようなタッチで「音の霧」を発生させなければならない。
声楽における「唇を閉ざした」表現
合唱や声楽アンサンブルにおいて、モルモランドは「ハミング」と同義、あるいはその一種として扱われることが多い。しかし、単なるボッカ・キウーザ(bocca chiusa/閉口唱法)とは異なり、モルモランドには「歌詞を持たない内面的なつぶやき」という感情的な色彩が加わる。
例えば、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』における有名な「ハミング・コーラス」は、楽譜上では「a bocca chiusa」と指示されているが、その音楽的な効果はまさにモルモランドである。遠くから聞こえる微かな歌声が、夜の静寂と、主人公の果てしない待ち時間を象徴する。合唱団がモルモランドで歌う際、個々の声質は完全に消し去られ、一つの有機的な楽器のような響きとなる。それは、言葉になる以前の感情や、集団の無意識を音響化するための最も純粋な手段と言える。
「ささやき」の技術的パラドックス
「ささやくように」という指示は、演奏者にとって大きな矛盾を孕んでいる。なぜなら、コンサートホールのような大空間において、本当にささやいてしまっては聴衆に届かないからである。したがって、モルモランドの演奏には「聞こえるささやき」という高度な音響設計が必要となる。
ピアニッシモ(pp)でありながら、音の芯(コア)は失わず、倍音成分を豊かに響かせることで遠達性を持たせる。ピアノであれば、左手の伴奏音型を均質に保ちつつ、和声の変わり目だけをわずかに強調することで、聴き手の耳を誘導する。管楽器であれば、息の音(ブレスノイズ)をあえて音色に混ぜることで、風のような質感を演出する。このように、モルモランドは「弱く弾く」ことではなく、「弱さを演じる」ための積極的な技術介入を必要とする。
静寂と音楽の境界線
モルモランドが提示するのは、音楽と静寂の境界領域である。それは完全な沈黙ではなく、かといって明確な主張を持つ音楽でもない。日常の中に常に存在する環境音(アンビエンス)のように、意識の表層には上ってこないが、確かにそこにある音。
現代音楽において、ジョン・ケージやモートン・フェルドマンといった作曲家たちが探求した「静けさの美学」の先駆けとも言えるこの概念は、私たちに「聴く」という行為の能動性を問いかける。モルモランドのパッセージにおいて、聴き手は耳をそばだて、微かな音の粒子を捕まえようとする。その瞬間の集中力こそが、この用語がもたらす最大の音楽的効果なのかもしれない。
「モルモランドとは」音楽用語としての「モルモランド」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
