ユモレスク
「ユモレスク」について、用語の意味などを解説

humoresque(仏)
ユモレスク(humoresque)とは、19世紀の器楽曲の名称。気まぐれな所のある、空想的でユーモラスな性格の曲を指す。
また、シューマンのピアノ曲「フモレスケop.20」は、音楽の題名としてこの語を使った最初の例である。
「気まぐれ」という名の深淵 ユーモレスクの多義性
ユーモレスク(Humoreske / Humoresque)は、一般的に「おどけた」「ユーモアに満ちた」と訳されるが、音楽用語としての実体は、単なる滑稽さや笑いを誘う小品を指すものではない。その語源である「ユーモア(Humor)」が、古代から中世の医学における「体液(Humour)」、すなわち人間の気質や感情のバランスを意味していたことに由来する通り、このジャンルの本質は、人間の感情の移ろいやすさや「気まぐれ」な二面性にある。
19世紀ロマン派において確立されたこの形式は、特定の厳格な構造(ソナタ形式など)を持たず、自由奔放な楽想の転換を特徴とする。明るい快活さと、不意に訪れる憂鬱や涙。この相反する感情が、一曲の中で予測不能に交錯する様こそが、ユーモレスクの真の醍醐味である。
シューマンが描いた精神の断片
ユーモレスクという名称を大規模なピアノ作品として最初に定着させたのは、ロベルト・シューマンである。彼の『ユーモレスク 変ロ長調 作品20』は、単なる小品の集まりではなく、約20分にわたる巨大な連作形式を採っている。
シューマンはこの作品において、自身の二重人格的な気質(情熱的なフロレスタンと内省的なエウセビウス)を、断片的な旋律のコラージュとして提示した。急激なテンポの変化、唐突な和声の転換、そして「内なる声(Innere Stimme)」と記された、楽譜には存在するが実際には演奏されない隠された旋律。これらは、理性では制御しきれない人間の精神の複雑さを反映している。シューマンにとってユーモレスクとは、単なる「面白い曲」ではなく、涙と笑いが紙一重であるというロマン主義的なアイロニー(皮肉)を表現するための、極めて知的な形式であった。
ドヴォルザークと郷愁のメロディ
現代において「ユーモレスク」という言葉から最も多くの人が連想するのは、アントニン・ドヴォルザークの『8つのユーモレスク 作品101』の第7番であろう。バイオリンの編曲でも親しまれているこの旋律は、軽やかなスキップのようなリズム(付点音符)と、優雅で親しみやすい主題を特徴とする。
しかし、この曲の背景にも単なる陽気さだけではない複雑な感情が潜んでいる。ドヴォルザークが休暇中に故郷ボヘミアで書き上げたこの作品には、アメリカ滞在中に抱いた強烈な郷愁(ホームシック)と、故郷へ戻れた喜びが入り混じっている。中間部で見せる短調への転落と、そこから再び明るい主題へ戻る際の微かな陰影。それは、人生の幸福な瞬間の中にふと忍び寄る寂寥感を描き出している。ドヴォルザークのユーモレスクが世界中で愛される理由は、その「軽やかさ」の裏側に、万人が共有しうる「切なさ」が同居しているからに他ならない。
付点リズムが生む「おどけ」のレトリック
音楽的にユーモレスクを特徴づける共通の要素として、しばしば付点リズム(跳ねるようなリズム)が用いられる。
このリズムは、身体的な「跳躍」や「つまずき」を連想させ、音楽に予測不能な動きを与える。急に立ち止まったかと思えば、次の瞬間には駆け出す。こうしたリズムの遊び(プレイフルネス)が、聴き手に「おどけた」印象を与える。しかし、その跳ねるような動きが、時に執拗な繰り返し(オスティナート)へと転じるとき、ユーモレスクは滑稽さを超えて、ある種の狂気やグロテスクな表情を見せることもある。チャイコフスキーやグリーグ、ドホナーニといった作曲家たちが残したユーモレスクにも、こうしたリズムによる「感情の揺さぶり」が巧みに仕掛けられている。
演奏解釈:デリカシーと即興性の両立
ユーモレスクを演奏する際、最も回避すべきは「一本調子」になることである。楽譜に記された指示を機械的に追うだけでは、このジャンルが持つ「気まぐれ」な魅力は死んでしまう。演奏家には、一瞬の休符の長さや、フレーズの終わりの減衰(ニュアンス)に、即興的なデリカシーを持たせることが求められる。
例えば、明るい場面から突然短調に変わる瞬間、そこには何の説明もない。演奏家は、あたかも今思いついたかのように、自然かつ唐突に音色を変えなければならない。聴衆を驚かせ、翻弄し、それでいて最後には納得させる。この高度な「演出力」こそが、ユーモレスクを名曲たらしめる鍵となる。
喜劇と悲劇の接点として
ユーモレスクは、喜劇と悲劇が交差する「境界線」に位置する音楽である。チャップリンの映画がそうであるように、極限の悲劇は時に喜劇的に見え、無邪気な笑いの中には深い哀しみが隠されている。音楽においてこのパラドックスを体現するのがユーモレスクという形式である。
現代の私たちは、物事を「明るい曲」か「暗い曲」かで二分しがちだが、ユーモレスクはそのような単純な分類を拒絶する。人生そのものが、整理のつかない感情の寄せ集めであるように、ユーモレスクもまた、矛盾を抱えたまま進行する。その混沌とした美しさを受け入れるとき、私たちはこの音楽が持つ真の豊かさに触れることができる。それは、時代を超えて響き続ける、人間の「心」という名の気まぐれな楽器の記録だと言えるだろう。
「ユモレスクとは」音楽用語としての「ユモレスク」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
