ラグタイム
「ラグタイム」について、用語の意味などを解説

ragtime(英)
ラグタイム(ragtime)とは、ジャズの1要素となったピアノ演奏スタイル。略してラグともいう。
シンコペーションの効いたリズムに対する名称で、1890-1910年代にスコット・ジョプリンらのピアノ曲によって大流行し、後のポップス、ジャズに影響を与えた。
「ズレた時間」が生むグルーヴ:語源と定義
ラグタイム(Ragtime)という名称は、「Ragged Time(不揃いな時間、破れたリズム)」に由来する。これは、19世紀末のアメリカ南部において、アフリカ系アメリカ人のミュージシャンたちが、西洋の厳格な行進曲(マーチ)のリズムを意図的に崩し、シンコペーション(切分音)を多用して演奏したスタイルを指す言葉として定着した。
音楽構造の核心は、左手と右手の役割の劇的な対比にある。左手は、スーザのマーチに代表される「2拍子(または4拍子)」の正確なビート(ズン・チャッ、ズン・チャッ)を維持する。対して右手は、アフリカ音楽由来のポリリズム感覚に基づき、強拍と弱拍の位置をずらしたメロディを奏でる。この「規則的な左手(欧州)」と「不規則な右手(アフリカ)」の衝突と融合こそが、ラグタイムのグルーヴの正体であり、それはアメリカという多民族国家の文化混交を象徴する最初の音楽形態であった。
ピアノの普及と「シート・ミュージック」の黄金時代
ラグタイムの全盛期(1890年代〜1910年代)は、レコードやラジオが普及する以前の時代と重なる。当時の音楽産業の中心は「楽譜(シート・ミュージック)」の販売であり、中産階級の家庭に普及し始めていたピアノが、エンターテインメントの主役であった。
ミズーリ州セダリアのサロンで活動していたスコット・ジョプリンが作曲した『Maple Leaf Rag』(1899年)は、史上初のミリオンセラー楽譜となり、ラグタイムを全米のブームへと押し上げた。また、自動演奏ピアノ(ピアノ・ロール)の技術も、この複雑で速いパッセージを持つ音楽の普及に一役買った。当時の人々は、自分で弾くか、あるいは自動ピアノで再生することで、この新しい音楽を楽しんでいたのである。この「楽譜として流通し、再現される」という性質は、後のジャズが「即興演奏(レコード)」を主体とするのとは対照的であり、ラグタイムがあくまでクラシック音楽の延長線上にある「作曲された音楽」であることを示している。
形式美とスコット・ジョプリンの野心
ラグタイムは単なる陽気なダンス音楽ではない。その構成は、AA-BB-A-CC-DDといったロンド形式や複合三部形式に似た、厳格なマルチ・テーマ形式(多主題形式)を持っている。これはショパンのマズルカやブラームスのワルツといった、ヨーロッパのサロン音楽の影響を色濃く反映している。
「ラグタイム王」と呼ばれたスコット・ジョプリンは、自身の音楽を単なる大衆音楽としてではなく、クラシック音楽と同等の芸術形式として認知させることに生涯を捧げた。彼は演奏指示に「Not Fast(速く弾いてはならない)」と記し、ラグタイムが持つスウィング感や情緒を正確に表現することを求めた。彼の最高傑作とされるオペラ『Treemonisha』は、当時の評価こそ得られなかったものの、ラグタイムの語法を用いて黒人の教育と自立を描いた野心的な作品であり、今日ではアメリカ音楽史における重要なマイルストーンとして再評価されている。
ジャズへの接続と決定的な相違点
よく混同されるが、ラグタイムとジャズは似て非なるものである。最大の相違点は「即興性」と「スウィング感」にある。 ラグタイムは基本的に楽譜通りに演奏される音楽であり、リズムは「イーブン(均等な8分音符)」で演奏されることが多い。対して、後に登場するジャズ(特にストライド・ピアノやスウィング・ジャズ)は、即興演奏を主体とし、リズムを「跳ねる(スウィングする3連符)」ように解釈する。
しかし、ラグタイムがジャズの母体となったことは疑いようがない。ラグタイムの左手の跳躍技術は、ジェリー・ロール・モートンやジェームス・P・ジョンソンによって、より即興的でダイナミックな「ストライド・ピアノ」へと進化し、それがデューク・エリントンやセロニアス・モンクといったジャズ・ジャイアントたちへと継承されていった。つまり、ラグタイムは「ジャズが生まれるための孵卵器」としての役割を果たし、その遺伝子は現代のポピュラー音楽のリズム構造の深層にまで刻み込まれているのである。
映画『スティング』によるリバイバルと現代の評価
1917年のジョプリンの死とともに、ラグタイムは新興のジャズに取って代わられ、一時的に忘れ去られた。しかし、1970年代に映画『スティング』のテーマ曲として『The Entertainer』が使用されたことをきっかけに、世界的なリバイバル・ブームが巻き起こった。
このリバイバルは、ラグタイムを「懐メロ」として消費するだけでなく、ジョシュア・リフキンらによる学術的な再評価を促した。今日では、ラグタイムは単なる「古いジャズ」ではなく、ショパンやリストのピアノ曲と並ぶ、高度な技巧と芸術性を持ったアメリカ・クラシック音楽の源流として、コンサートホールで演奏される正統なレパートリーとしての地位を確立している。
「ラグタイムとは」音楽用語としての「ラグタイム」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
