ラルゲット
「ラルゲット」について、用語の意味などを解説

larghetto(伊)
ラルゲット=ラルゴよりやや速く。
音楽用語の速度標語のひとつ。
縮小辞がもたらす軽やかさと品格
イタリア語の接尾辞「-etto」は「小さい」「愛らしい」といった意味を加える縮小辞である。したがってラルゲット(Larghetto)は、直訳すれば「小さなラルゴ」となるが、音楽的な実体としては、ラルゴが持つ重厚長大な性格を少し軽減し、より軽やかで流動的な性質を与えられた形式と解釈すべきである。一般的に「ラルゴよりやや速く」と定義されるが、この「速く」という言葉は誤解を招きやすい。むしろ「ラルゴほど深刻になりすぎず、しかしアンダンテほど日常的ではない、洗練された気品」と捉える方が、演奏の実践においては有益である。
速度記号のヒエラルキーと位置づけ
古典的な速度体系において、ラルゲットは非常に繊細な位置にある。最も遅いラルゴ(Largo)と、歩くような速さのアンダンテ(Andante)の中間に位置するが、現代のメトロノーム記号で言えば、概ね60〜66BPM前後(4分音符換算)とされることが多い。しかし、アダージョ(Adagio)との関係性は時代や作曲家によって流動的である。一般にアダージョはラルゴより速いが、ラルゲットより遅い、あるいは同程度とされる。決定的な違いは、アダージョが内面的な感情の吐露に重きを置くのに対し、ラルゲットはより客観的で、舞曲的な優雅さを残している点にある。
モーツァルトが愛した天上の美
ラルゲットの美学を最も深く理解し、愛用した作曲家はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトであろう。彼のピアノ協奏曲第26番『戴冠式』の第2楽章や、クラリネット五重奏曲の第2楽章、あるいはピアノ協奏曲第27番の第2楽章など、彼の作品群における「緩徐楽章の白眉」とされる部分には、頻繁にラルゲットの指示が与えられている。
モーツァルトのラルゲットには、深刻な悲劇性は希薄である代わりに、天国的な純粋さと、とろけるような甘美さが漂う。演奏者はここで、過度なルバート(テンポの揺らし)を避け、イン・テンポに近い整然とした流れの中で、旋律線を長く、美しく歌い継ぐことが求められる。装飾音符の一つひとつが宝石のように輝き、伴奏の分散和音が絹の織物のように滑らかに支える。この「重さを感じさせない遅さ」こそが、モーツァルト的ラルゲットの真髄と言える。
ベートーヴェンにおける革新と躍動
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンにとっても、ラルゲットは重要な表現手段であった。交響曲第2番の第2楽章におけるラルゲットは、演奏時間が10分を超える長大な楽章でありながら、決して停滞することなく、豊かな歌謡性と田園的な安らぎに満ちている。ここでは、古典派の優雅さを保ちつつも、ロマン派を予感させるような感情の深なりが見られる。
また、ヴァイオリン協奏曲の第2楽章においても、ラルゲットが選択されていることは注目に値する。ここでは、独奏ヴァイオリンが極めて高い音域で繊細な装飾を繰り広げるが、その土台となるオーケストラのパルスは常に一定の「歩み」を保っている。ベートーヴェンはラルゲットという枠組みの中で、静寂と躍動という相反する要素を対立させるのではなく、融合させることに成功している。
指揮者の視点:拍節感の選択
指揮者がラルゲットを振る際、最も悩ましいのが拍子の取り方である。例えば4分の4拍子のラルゲットの場合、4つで振るか、8つに分割して振るかという選択が迫られる。ラルゴであれば8つ振りが妥当なほど遅いケースもあるが、ラルゲットで8つを振りすぎると、音楽の流れが細切れになり、「小さなラルゴ」としての軽やかさが失われてしまうリスクがある。
熟練した指揮者は、基本をゆったりとした4つ振りに置きつつ、フレージングの頂点や和声的な緊張が高まる瞬間だけ、心理的に細分化されたパルスを共有するようなアプローチを採る。つまり、物理的な腕の動きは大きく滑らかにしつつ、オーケストラ内部には細かいサブディビジョン(拍の分割感覚)を持たせることで、停滞感のない、しかし十分に満たされた時間を作り出すのである。
「愛らしさ」への回帰
ラルゴが「神の威厳」や「運命の重圧」を象徴するとすれば、ラルゲットは「人間の優しさ」や「親密な語らい」を象徴する。重々しい僧服を脱ぎ捨て、より軽装で、しかし礼節をわきまえた貴族がサロンで微笑んでいるような情景。演奏においては、音の立ち上がり(アタック)を鋭くせず、柔らかく包み込むようなタッチやタンギングを心がけることで、この用語が本来持っている「-etto(愛らしい)」というニュアンスを具現化できる。深刻になりすぎず、かといって軽薄にもならず。この絶妙なバランスの上に成り立つラルゲットこそ、クラシック音楽における最も洗練された「中庸の美」の一つであると言えるだろう。
「ラルゲットとは」音楽用語としての「ラルゲット」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
