ルバート
「ルバート」について、用語の意味などを解説

tempo rubato(伊)
テンポ・ルバート。ルバートは、イタリア語で「盗まれた」という意味を持つ。
「盗まれた時間」は返済されなければならない:語源の経済学
ルバート(Rubato)の語源は、イタリア語の「rubare(盗む)」に由来する「テンポ・ルバート(盗まれた時間)」である。しかし、多くの学習者がこの言葉を「時間を自由に使う」「好き勝手にテンポを変える」と解釈しているのは、歴史的文脈を無視した危険な誤解である。
18世紀の定義において、ルバートには「貸借の均衡」という厳格なルールが存在した。あるフレーズでテンポを速めて時間を「盗んだ」ならば、その後のフレーズでテンポを遅くして時間を「返済」しなければならない。つまり、楽曲全体、あるいは小節単位での総演奏時間は、イン・テンポで演奏した場合と変わってはならないのである。この「帳尻合わせ」の感覚を持たずに、ただ感情の赴くままに加速と減速を繰り返す演奏は、ルバートではなく、単なる「リズムの崩壊」あるいは「千鳥足」と酷評されるべきものである。真のルバートとは、厳格な時間の枠組みの中で行われる、高度に計算された時間の歪曲行為なのだ。
二つのルバート:「旋律の独立」か「全体の流動」か
音楽学的にルバートは、大きく二つのタイプに分類される。この区別を理解せずに演奏することは、作曲家の意図を根本から破壊することに繋がる。
第一は「旋律的ルバート(Melodic Rubato)」と呼ばれる、古風なタイプである。これはバロックからモーツァルト、そしてショパンの時代まで主流であった奏法で、「伴奏(左手)は厳格なテンポを保ち、旋律(右手)だけがリズムを揺らす」というものである。モーツァルトは父への手紙の中で「私の左手がテンポを譲らないことに誰もが驚く」と書き残している。伴奏という揺るぎない土台の上で、歌い手(旋律)がわずかに遅れたり先走ったりすることで、独特の浮遊感や憧れ、ためらいといった感情が生まれる。このポリリズム的なズレこそが、古典派および初期ロマン派におけるルバートの神髄である。
第二は「構造的ルバート(Structural Rubato)」と呼ばれる、近代的なタイプである。これは伴奏も含めた「楽曲全体のテンポ」が一斉に速くなったり遅くなったりする奏法で、リストやワーグナー以降の後期ロマン派で一般的となった。現代の演奏慣習ではこちらが支配的になりすぎているきらいがあるが、ショパンを弾く際にこの「全体揺らし」を無自覚に適用することは、様式感の欠如を示す致命的なミスとなり得る。
ショパンが求めた「左手の指揮者」とマズルカの秘密
「ピアノの詩人」フレデリック・ショパンは、ルバートの達人であったが、彼のルバート論は極めて理知的であった。彼は弟子たちに「左手はカペルマイスター(指揮者)であり、時計である」と説いた。「あなたの右手は自由に歌ってもよいが、左手は厳格に時を刻まなければならない」。
特にポーランドの民族舞踊であるマズルカにおいて、この原則は顕著である。マズルカ特有の「ルバート」は、第2拍や第3拍が微妙に引き伸ばされるが、それは無秩序な揺らぎではない。舞踏のステップという物理的な制約(重力と慣性)に基づいた、必然的な「訛り」である。ショパンの音楽におけるルバートは、風に揺れる木の枝(旋律)のようなものであり、その幹(伴奏・拍節感)は大地に根を張り、微動だにしてはならないのだ。この「幹」の安定感があってこそ、枝葉の揺れが美しく映えるのである。
アゴーギクとの境界線:必然と演出の狭間
ルバートと混同されがちな概念に「アゴーギク(Agogik=速度法)」がある。両者の境界は曖昧だが、専門的にはその「動機」によって区別される。アゴーギクは、フレーズの頂点に向かう高揚感や、和声的な緊張(不協和音など)から解決に向かう緩和など、音楽の構造上「必然的に生じる」微細なテンポの変化を指す。これは言語を話す際の自然な抑揚に近い。
対してルバートは、より意識的で「演出的な」時間の操作である。譜面上は何の変哲もない箇所であっても、演奏者の解釈によって意図的に時間を引き伸ばし、劇的な効果や心理的な深みを加える行為だ。アゴーギクが「生理現象」だとすれば、ルバートは「化粧」や「演技」であると言えるだろう。優れた演奏家は、この「自然な揺らぎ(アゴーギク)」と「意図的な歪み(ルバート)」を巧みに使い分け、聴き手に不自然さを感じさせずに時間を支配する。
自由の代償と演奏家の品格
ルバートは演奏家に与えられた「自由の領域」であるが、その自由には重い責任が伴う。過剰なルバートは、音楽の骨格(アーキテクチャ)を破壊し、聴き手を船酔いのような不快感に陥れる。特に、「感情を込める」ことと「テンポを遅くする」ことを安易に結びつけるのは、未熟な演奏家の典型的な過ちである。
「最高のルバートとは、ルバートしていることに気づかせないものである」という言葉があるように、真に芸術的なルバートは、まるで最初からそう作曲されていたかのように自然に響く。それは、厳格な拍節感を体内に持ち、楽譜の構造を完璧に理解した上で、あえてその枠を「わずかに」踏み越えるという、極めて知的なバランス感覚の上に成り立つ行為である。ルバートとは、時間を盗む行為であると同時に、音楽という時間の芸術に対して、最高の敬意と秩序を捧げる行為でなければならない。
「ルバートとは」音楽用語としての「ルバート」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
