レガート
「レガート」について、用語の意味などを解説

legato(伊)
レガートとは、音をつなげて、音の間を切れ目なく演奏する事。結ばれた、繋がれた、結ぶ、結びつけるという意味がある。なめらかに。「スタッカート」の対語。
「点」を「線」に変える錯覚の美学
レガート(Legato)という用語は、イタリア語の「ligare(結ぶ、縛る)」に由来する。定義上は「音と音を切れ目なく滑らかに繋げる」ことだが、物理的な音響現象としてこれを実現することは、実は極めて困難な課題だ。特にピアノのような打弦楽器(減衰楽器)において、一度発音された音は時間の経過と共に必ず減衰する。減衰していく音と、次に新しく鳴る強い音を繋げることは、物理的には不可能に近い。
したがって、ピアノにおけるレガートとは、厳密には「聴覚的な錯覚」を利用した芸術である。演奏者は、前の音が減衰していくカーブと、次の音の打鍵の強さを絶妙に計算し、脳内で音が繋がっているように聴き手に補完させる。これには「フィンガー・レガート」と呼ばれる、前の指を離す寸前に次の指を打鍵し、わずかな瞬間に二つの音を重ねる(オーバーラップさせる)高度な指先のコントロールが必要となる。打楽器であるピアノが、あたかもヴァイオリンや肉声のように滑らかな旋律線を描く時、そこには物理法則に抗う演奏家の魔術的な技巧が介在している。
「重量の移動」と液状化する手首
真に美しいレガートを生み出すためには、指先の動きだけでは不十分だ。重要なのは「重量の移動(Weight Transfer)」という身体操作である。歩行する際に重心が左足から右足へと滑らかに移動するように、鍵盤上でも腕の重みを指から指へと途切れることなく流し込む必要がある。
この時、手首や肘は関節としての硬直を捨て、柔軟な「液状」の状態を保たなければならない。固まった手首は音の流れを遮断し、打撃音(衝撃ノイズ)を生む原因となる。ショパンやリストといったロマン派のヴィルトゥオーゾたちは、この重力奏法を極限まで洗練させ、鍵盤を「叩く」のではなく「撫でる」、あるいは「沈み込む」ようなタッチによって、ベルカント唱法(美しい歌唱)に匹敵する長い旋律線(ロング・ライン)をピアノで実現した。レガートとは、単なる指の運動ではなく、エネルギーの流動管理そのものだ。
弦楽器と管楽器における「呼吸」の持続
持続音を出せる弦楽器や管楽器において、レガートの意味合いはピアノとは異なる。ここでは「息(ブレス)」や「弓(ボウ)」の動きが直接的に音の持続を保証するため、レガートはより自然に行えるように見える。しかし、ここにも特有の難所が存在する。
弦楽器における最大の課題は「ボウ・チェンジ(返し弓)」である。弓の上げ下げが切り替わる一瞬、物理的に弦の振動が止まりかける瞬間を、いかに察知させずに繋ぐか。これには右手首と指のクッション作用を駆使し、摩擦係数を極限まで滑らかに変化させる職人芸が求められる。一方、管楽器においては、タンギング(舌突き)をソフトに行う「レガート・タンギング」や、指の動きと息の圧力(エア・コラム)を完全に同期させる技術が必要となる。特に跳躍進行(離れた音へ移動すること)において、音が痩せたり突出したりせず、均質な太さで繋げることは、プロフェッショナルな奏者にとっても永遠の課題だ。
歴史的変遷:アーティキュレーションからフレージングへ
音楽史的視点で見ると、レガートの価値観は時代と共に大きく変容してきた。チェンバロやオルガンが主流であったバロック時代以前、音楽の基本は「ノン・レガート(音と音の間にわずかな隙間がある状態)」であり、一つ一つの音が明瞭に語られる「喋る音楽」が理想とされた。バッハの鍵盤作品において、スラー(連線)が書かれていない箇所をすべてレガートで弾くことは、様式感を損なう誤った解釈とされる場合が多い。
しかし、モーツァルトを経てベートーヴェン、そしてロマン派の時代へと移行するにつれ、楽器の改良と表現意欲の拡大により、レガートは表現の中心へと躍り出た。ワーグナーの「無限旋律」に象徴されるように、終わりなく続く感情の奔流を描くために、レガートは不可欠なツールとなった。現代の演奏においては、この「古楽的なノン・レガート」と「ロマン派的なレガート」を、作曲された時代や様式に応じて厳格に使い分ける知性が求められる。
スラー記号の背後にある「意図」を読む
楽譜上では、レガートは通常「スラー(弧線)」によって示される。しかし、スラーは単に「音を繋げよ」という物理的な指示である以上に、「フレーズ(楽句)のまとまり」を示す構造的な記号でもある。スラーの開始点はフレーズの始まり(吸気)であり、終点はフレーズの終わり(呼気・減衰)を意味することが多い。
したがって、スラーの終わりで音を短く切ってしまったり、逆に次のスラーの頭と無造作に繋げてしまったりすることは、文章の句読点を無視して朗読するようなものであり、音楽の意味を破壊しかねない。真のレガート奏法とは、スラーの内側で音を繋ぐ技術だけでなく、スラーとスラーの間で適切に「呼吸」をし、音楽に文脈を与えるフレージングの能力を含んでいる。音を物理的に密着させることと、音楽的に意味を繋げることは同義ではない。この微細な差異を表現できてこそ、レガートは単なる演奏指示を超え、音楽に魂を宿らせる生命線となる。
「レガートとは」音楽用語としての「レガート」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
