レクイエム
「レクイエム」について、用語の意味などを解説

requiem(英)
レクイエム(requiem)とは、ローマ・カトリック教会の「死者のためのミサ曲」。
レクイエムという名称はミサ冒頭のイントロイトゥスが「レクイエム(安息を)」という言葉で始まる事に由来。ビクトリア、モーツァルト、ベルリオーズ、ヴェルディ、フォーレなどの作品が有名。
「怒りの日」がもたらす恐怖とカタルシス
レクイエム(死者のためのミサ曲)の歴史を語る上で、最も劇的かつ重要な転換点は、13世紀に成立し、後に典礼文に組み込まれたセクエンツィア(続唱)「ディエス・イレ(Dies Irae=怒りの日)」の存在である。本来、死者の安息(Requiem aeternam)を願う静謐な祈りの場に、世界の終末と最後の審判を描くこの詩が挿入されたことで、レクイエムは強烈なコントラストとドラマ性を獲得した。
神の怒りによって天地が崩れ落ち、トランペット(Tuba mirum)が墓に眠るすべての死者を呼び覚ます描写は、作曲家たちの創造力を激しく刺激した。特にベルリオーズやヴェルディのレクイエムにおいて、「怒りの日」は巨大なオーケストラと打楽器、そしてバンダ(別働隊)の金管楽器を駆使した音響的なスペクタクルとなり、聴衆を恐怖のどん底に突き落とすと同時に、その後に訪れる救済の祈りをより一層際立たせるカタルシスの装置として機能した。しかし、第二バチカン公会議(1962-1965)以降の現代典礼では、この恐怖を煽るテキストは削除されており、音楽作品としてのレクイエムだけが、かつて人類が抱いた「神への畏怖」の記憶を留めている。
モーツァルト:未完の白鳥の歌と普遍性
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの『レクイエム ニ短調 K.626』は、彼自身の死によって未完に終わったという伝説的な背景も相まって、このジャンルの金字塔として君臨している。しかし、その真価は物語性にあるのではなく、バロック的な厳格な対位法(フーガ)と、古典派的な優美な旋律、そしてオペラで培った人間感情の劇的な表出が見事に融合している点にある。
特に「ラクリモーサ(涙の日)」における、涙が滴り落ちるようなヴァイオリンの音型と、上昇しては途切れる合唱のラインは、死にゆく者の絶望と、遺された者の深い悲しみを同時に表現している。弟子ジュスマイヤーによる補筆完成版が定着しているものの、モーツァルト自身が筆を置いた8小節目以降の展開については、現代でも多くの学者が新たな補筆を試みるなど、永遠に解けない謎として音楽家たちを魅了し続けている。
ヴェルディ:劇場から教会への侵入
ジュゼッペ・ヴェルディの『レクイエム』は、しばしば「僧衣をまとったオペラ」と評される。敬虔なカトリックの祈りというよりも、死という逃れられない運命に直面した人間の、生々しい恐怖、叫び、そして抵抗を描いた人間ドラマであるからだ。
オペラ作曲家としての絶頂期に書かれたこの作品では、独唱者たちはあたかもオペラの登場人物のように、感情豊かにアリアを歌い上げる。特にメゾ・ソプラノとソプラノによる二重唱や、テノールの英雄的な嘆きは、教会音楽の禁欲的な枠組みを大きく逸脱している。しかし、その圧倒的な人間臭さこそが、宗教の枠を超えて多くの人々の心に響く理由である。神の前でさえも人間らしくあろうとする姿勢、それこそがヴェルディの提示した近代的な死生観であった。
フォーレとブラームス:恐怖からの解放と慰め
19世紀後半になると、「怒りの日」の恐怖支配に対するアンチテーゼとして、死を安らぎや解放として捉える作品が登場する。ガブリエル・フォーレの『レクイエム』は、あえて「怒りの日」のテキストを省略(あるいは短縮)し、代わりに天国的な美しさを持つ「イン・パラディスム(楽園にて)」を終曲に置いた。ここには審判の恐怖は微塵もなく、ただ永遠の眠り(死)への甘美な憧れが漂っている。フォーレ自身が「私のレクイエムは死の恐怖感を表現していないと言われている。むしろ死の『子守歌』だ」と語った通り、それは傷ついた魂を癒やすための音楽である。
一方、ヨハネス・ブラームスの『ドイツ・レクイエム』は、ラテン語の典礼文を一切使用せず、ルター訳のドイツ語聖書から自ら選んだテキストを用いた点で革命的であった。これは「死者のためのミサ」ではなく、「遺された生者のための慰め」を目的とした作品である。教義による救済ではなく、人間が人間を慰めるというプロテスタント的、あるいはヒューマニズム的な視点に立ち、合唱を中心とした温かい響きが全体を包み込む。
現代における「鎮魂」の多様化
20世紀以降、レクイエムは特定の宗教儀式を離れ、より広範な社会的悲劇や戦争の犠牲者を追悼するための表現手段となった。ベンジャミン・ブリテンの『戦争レクイエム』は、ラテン語の典礼文と、第一次世界大戦で戦死した詩人ウィルフレッド・オーウェンの反戦詩を並置し、カトリックの典礼と現代の不条理な死を対話させた傑作である。ここでは、敵味方の兵士が死後の世界で出会い、和解するという痛切な場面が描かれる。
また、リゲティやペンデレツキといった現代作曲家たちは、トーン・クラスター(音塊)や特殊奏法を駆使して、アウシュヴィッツや広島といった現代の地獄を音響化した。これらは「安息」を祈るものではなく、忘却に抗い、死の記憶を刻みつけるための「警告の碑」としての役割を果たしている。現代においてレクイエムは、死者を送る歌であると同時に、今を生きる私たちが死とどう向き合うかを問いかける、哲学的かつ社会的なメディアとして機能し続けているのである。
「レクイエムとは」音楽用語としての「レクイエム」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
