レッジャードロ
「レッジャードロ」について、用語の意味などを解説

leggiadro(伊)
レッジャードロ=優美に。しとやかに。レッジアードロ。
発想記号(発想標語、曲想標語)のひとつ。
「軽さ」と「美」の幸福な結婚
レッジャードロ(Leggiadro)という言葉を深く理解するためには、まずその語源的な成り立ちに目を向ける必要がある。この語は、「軽い」を意味するイタリア語「leggero(レッジェーロ)」と密接な関係にあるが、単なる物理的な重量の欠如を指す言葉ではない。レッジャードロは、「軽さ」という物理的特性が、人間の感性において「美しさ」や「魅力」として昇華された状態を指す。
つまり、重力から解放された軽やかさが、視覚的あるいは聴覚的な快感をもたらす時、それは「レッジャードロ」と形容されるのである。英語ではしばしば “graceful” や “charming” と訳されるが、ここには常に「軽快な動き」や「愛らしい身のこなし」というニュアンスが含まれている。したがって、音楽用語としてこの指示が現れた場合、演奏者は単に音を弱くしたり軽くしたりするだけでは不十分であり、そこに「愛嬌」や「洗練された遊び心」といった美的な付加価値を注入しなければならない。
グラツィオーソとの決定的な境界線
演奏家が直面する解釈上の難問として、「グラツィオーソ(Grazioso)」との弾き分けがある。両者とも「優美に」と訳されることが多いが、その美しさの質は根本的に異なる。グラツィオーソが「内面的な気品」や「礼儀正しさ」、あるいは宮廷的なシンメトリー(均整)を重んじる「静的な美」であるのに対し、レッジャードロはより「動的な美」である。
例えば、貴婦人が静かに微笑む様子はグラツィオーソであるが、少女が花畑をスキップで駆け抜ける様子や、妖精が空を舞う様子はレッジャードロである。そこには、見る者を笑顔にさせるような、ある種の外向的な「愛らしさ(Prettiness)」や、重力をものともしない「敏捷性(Agility)」が含まれている。音楽的には、グラツィオーソが滑らかなレガートや丁寧なフレーズ処理を求めるのに対し、レッジャードロは、より歯切れの良いアーティキュレーション、スタッカートやポルタートを交えた軽妙なリズム感を要求することが多い。
マドリガルから受け継がれた「視覚的」な美学
歴史的に見ると、レッジャードロという言葉はルネサンス期やバロック期の詩、特にマドリガル(世俗声楽曲)の歌詞において頻繁に登場した。そこでは、愛する女性の「しなやかな肢体」や「魅力的な瞳」、あるいは神話的なニンフ(妖精)の舞踏を描写するために用いられた。
この「視覚的な美しさ」を描写する言葉としての起源は、器楽曲におけるレッジャードロの解釈にも大きな影響を与えている。この指示がある箇所では、音楽があたかも目に見える「形」や「動き」を持っているかのように振る舞うことが期待される。旋律線は直線的ではなく、曲線や螺旋を描くように、装飾音は宝石が光を反射するように煌びやかに演奏されなければならない。バッハやスカルラッティの鍵盤作品において、急速なパッセージにこの性格が求められる場合、それは単なる指の運動ではなく、舞踏のステップのような視覚的イメージを伴った運動でなければならないのである。
「空気」を演奏するタッチの秘密
ピアノ演奏において、レッジャードロを具現化するための技術は極めて繊細である。鍵盤を「底まで押し込む」重厚なタッチは、この表現においては最大の敵となる。代わりに求められるのは、鍵盤の表面を撫でるような、あるいは真珠の粒が転がるような「浅く、速い」タッチ(ジュ・ペルレ jeu perlé)である。
しかし、単に音が軽いだけでは、音楽は薄っぺらで乾燥したもの(セッコ)になってしまう。レッジャードロの真髄は、音と音の間に「空気」を含ませることにある。手首や肘を柔軟に保ち、打鍵の瞬間に指先からふわりと力を抜くことで、音に微細な「浮遊感」を与える。この物理的な脱力が、聴衆に対して「重力の不在」という錯覚を与え、あたかも音楽が空中に浮かんでいるかのような魔法的な効果を生み出すのである。
ロマン派における「コケットリー」の表現
ロマン派の時代に入ると、レッジャードロはより心理的なニュアンス、すなわち「コケットリー(媚びを含んだ魅力)」を帯びるようになる。ショパンやリスト、あるいはシューマンの作品において、この指示はしばしば、聴き手を誘惑するような、気まぐれでチャーミングな性格描写として現れる。
ここでは、テンポ・ルバート(速度の揺らぎ)が重要な役割を果たす。しかし、その揺らぎは情熱的で重苦しいものではなく、風に揺れる花のように小刻みで軽快なものでなければならない。期待を持たせて少し遅らせたり、悪戯っぽく急いだりするような、洗練された「駆け引き」の感覚。それこそが、ロマン派におけるレッジャードロの正体である。演奏者は、深刻な芸術家であることを一時忘れ、無邪気で魅力的な役者として振る舞うことが求められる。この「深刻さの回避」こそが、逆説的に最も高度な知性と美意識を必要とする芸術的行為である。
「レッジャードロとは」音楽用語としての「レッジャードロ」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
