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レリジオーソ

Posted by Arsène

「レリジオーソ」について、用語の意味などを解説

レリジオーソ

religioso(伊)

レリジオーソ=敬虔(けいけん)に。厳粛に。

発想記号(発想標語、曲想標語)のひとつ。

「世俗」の中に築かれる聖域

レリジオーソ(Religioso)という用語が楽譜上に現れる時、それは単に「敬虔な雰囲気で」というムードの指示に留まらない。これは、ソナタや協奏曲といった「世俗音楽(Secular Music)」の枠組みの中に、一時的に「教会(Sacred Space)」を建立しようとする作曲家の強烈な意思表示である。

本来、ミサ曲やレクイエムであれば、その音楽全体が宗教的であることは自明であり、わざわざレリジオーソと記す必要はない。したがって、この用語はリストやバルトーク、スクリャービンといった作曲家たちが、コンサートホールという世俗の空間を、音響によって浄化し、聴衆を形而上の世界へと引き上げるために用いた「儀式への招待状」なのである。ここでは、演奏者はエンターテイナーであることを止め、一種の司祭(Celebrant)として振る舞うことが求められる。

オルガンと合唱の模倣:音響的な具現化

レリジオーソを演奏表現として具現化する際、最も重要な指針となるのが「オルガン」と「合唱(コラール)」の模倣である。ピアノや管弦楽作品においてこの指示がある場合、作曲家は教会の高い天井に響き渡るパイプオルガンの持続音や、無伴奏合唱の純粋なハーモニーをイメージしていることが多い。

ピアノ演奏においては、ハンマーが弦を叩く打撃音(アタック)を極限まで消し去ることが技術的な至上命題となる。指の腹を鍵盤に密着させ、底まで深く沈めるようなタッチで、音が減衰せず空間に留まり続けるような錯覚を作り出す。また、和音の構成は四声体のコラール風であることが多く、ここではソプラノ(旋律)だけでなく、内声部やバスの動きも対等に歌わせる「多声的な耳」が必要となる。ペダリングにおいても、音が濁ることを恐れず、教会の残響(リヴァーブ)をシミュレートするために、通常よりも深く、長いペダル操作が許容される場合がある。

リストにおける「告白」としてのレリジオーソ

19世紀のヴィルトゥオーゾであり、晩年には聖職位(アベ)を受けたフランツ・リストにとって、レリジオーソは極めて個人的かつ重要な意味を持っていた。彼の作品『詩的で宗教的な調べ』や『巡礼の年』に見られるレリジオーソの指示は、超絶技巧で聴衆を圧倒する「外面的なリスト」から、神の前で孤独に祈る「内面的なリスト」への転換点を示している。

彼の作品におけるレリジオーソは、しばしば「長調の静寂」として現れる。激しい嵐のようなオクターブのパッセージ(地獄や苦悩の象徴)が過ぎ去った後に訪れる、変ニ長調やホ長調の穏やかなコラールは、神による救済や、魂の浄化(カタルシス)を表している。ここで演奏者に求められるのは、劇的な対比ではなく、全ての情熱が昇華された後に残る「虚心坦懐」な境地である。

バルトークと「自然宗教」への回帰

20世紀の作曲家バルトーク・ベーラのピアノ協奏曲第3番、その第2楽章に記された「Adagio religioso」は、伝統的なキリスト教的敬虔さとは少し異なるニュアンスを含んでいる。晩年のバルトークが病床で書いたこの作品における「祈り」は、特定の教義に対するものではなく、大いなる自然や宇宙の秩序に対する、より根源的な畏敬の念(パンテイズム的感覚)に近い。

ここでは、弦楽器によるノン・ヴィブラートの透明な和音(コラール)と、ピアノによる鳥の歌や虫の声(自然の模倣)が対置される。このレリジオーソは、教会の中の祈りというよりも、夜明け前の森の中で感じるような、人間存在の小ささと生命の神秘に対する静かな感謝である。演奏者は、感情を込めて歌うのではなく、自然現象の一部として音を「置く」ような、客観的かつ透明度の高いタッチを追求しなければならない。

「沈黙」を演奏する技術

レリジオーソな部分において、音符と同じか、それ以上に重要なのが「休符(Silence)」の扱いである。教会の音響空間において、音が止んだ瞬間に訪れるのは「無」ではなく、「残響の減衰」という豊かな時間である。

楽譜上の休符を単なる「休み」として処理し、機械的に次の音へ進んでしまえば、宗教的な雰囲気は瞬時に崩壊する。前の和音が空間に溶けて消えゆくプロセスを聴き届け、その静寂が十分に熟したことを確認してから、次の音をそっと置き直す。この「音のない時間を聴く」能力こそが、レリジオーソの本質である。聴衆が咳払い一つできないような、張り詰めた、しかし温かい静寂を作り出せた時、その演奏は初めて「祈り」としての機能を果たすのである。それは、音楽を通じて時間という概念そのものを聖別する行為と言えるだろう。

「レリジオーソとは」音楽用語としての「レリジオーソ」の意味などを解説

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