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ロマンス

Posted by Arsène

「ロマンス」について、用語の意味などを解説

ロマンス

romance(英・仏)

音楽用語におけるロマンスとは、(1)物語風の有節歌曲。 (2)物語風の歌をイメージした器楽曲の題名。

「俗語」から生まれた物語:語源が示す本質

音楽用語としての「ロマンス(Romance)」の起源を探るには、まず言語学的な歴史に遡る必要がある。この言葉は、中世ヨーロッパにおいて、教養人の公用語であったラテン語(Lingua Latina)に対し、民衆が話す俗語としての「ローマ語(Romanice)」を指していた。当初、この言葉は特定の詩や歌の形式ではなく、単に「俗語で書かれた物語」全般を意味していた。

やがて中世フランスやスペインにおいて、騎士道物語や恋愛譚を語る有節形式の叙事詩が「ロマンス」と呼ばれるようになる。ここには常に「物語性」と「過去への憧憬」、そしてある種の「悲劇的な愛」の要素が含まれていた。音楽ジャンルとしてのロマンスが、形式的な厳格さよりも、情緒的な物語や個人的な感情の吐露を重視するのは、この「物語を語る(Narrative)」という根源的なDNAを継承しているからに他ならない。それは、論理で構築されるソナタやフーガとは対極に位置する、感性の独白なのである。

ルソーが定めた「単純さ」の美学

18世紀後半、フランスにおいてロマンスは声楽ジャンルとして一つの頂点を迎える。この時期のロマンスを理論的に決定づけたのは、哲学者であり音楽家でもあったジャン=ジャック・ルソーだ。彼はその著書『音楽辞典』の中で、ロマンスを「単純で感動的で自然な様式の、有節形式の歌」と定義した。

ルソーが理想としたロマンスは、当時のイタリア・オペラにおける技巧的で装飾過多なアリアへのアンチテーゼであった。過剰なヴィブラートやメリスマ(一音節に多数の音符をあてる技法)を排し、素朴で覚えやすい旋律を、飾り気のない伴奏に乗せて歌う。この「作為のない美」こそがロマンスの真髄とされ、マリー・アントワネットの宮廷から市民のサロンに至るまで広く愛好された。この時期に確立された「有節形式(歌詞の各節を同じ旋律で歌う)」と「主旋律の絶対的優位」という特徴は、後の器楽ロマンスにも色濃く反映されることになる。

器楽による「言葉のないアリア」への昇華

18世紀末から19世紀にかけて、ロマンスは声楽の枠を超え、器楽曲のジャンルとしても定着する。その架け橋となったのは、ハイドンやモーツァルトの交響曲や協奏曲における緩徐楽章(第2楽章)である。彼らは「ロマンス(Romanze)」と題した楽章において、ソナタ形式のような動機労作(テーマの分解・再構築)を行わず、ひたすら美しい旋律を歌わせることに主眼を置いた。モーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調の第2楽章などはその典型であり、劇的な第1楽章の後に訪れる平穏な「歌」のオアシスとして機能している。

さらにこの傾向を決定づけたのがベートーヴェンである。彼の『ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス』(ト長調 Op.40、ヘ長調 Op.50)は、独奏ヴァイオリンを「言葉を持たない歌手」として扱い、器楽におけるカンタービレ(歌うように)の表現可能性を極限まで追求した。ここでは、ヴァイオリンは超絶技巧を披露する道具ではなく、人間の肉声以上に繊細なニュアンスを伝える霊的な媒体となる。ベートーヴェン以降、ロマンスは「愛の歌」という狭義の意味を超え、深い精神性と叙情性を湛えた器楽的小品の代名詞となった。

性格的小品としての深化とロシア的憂愁

ロマン派の時代(19世紀中盤)に入ると、シューマンやブラームスといった作曲家たちが、ピアノや室内楽のために多くのロマンスを作曲した。シューマンの『3つのロマンス Op.94』(オーボエとピアノのため)に見られるように、ここでのロマンスは、もはや特定の形式(ABA形式やロンド形式など)に縛られるものではなく、作曲家の内面にある「詩的な気分」を投影した「キャラクター・ピース(性格的小品)」としての側面を強める。それは夜想曲(ノクターン)の夢幻性とも、バラードの劇的な物語性とも異なる、親密で内省的な「告白」の音楽であった。

また、ロマンスはロシアにおいても独自の発展を遂げる。グリンカやチャイコフスキー、ラフマニノフらが残した「ロシア・ロマンス」は、西欧のサロン音楽の影響を受けつつも、ロシア民謡特有の哀愁やジプシー音楽の情熱を取り込んだ独特の歌曲ジャンルである。これらは単なる恋愛歌に留まらず、人生の無常や孤独、望郷の念を歌い上げ、ロシア文化における「魂の叫び」として、ドイツ歌曲(リート)やフランス歌曲(メロディ)とは一線を画す地位を確立した。

現代に続くリリシズムの系譜

音楽史においてロマンスという呼称は、時代と共にその外形を変えてきたが、その核心にある「リリシズム(叙情性)」への希求は一貫している。言葉では表現しきれない感情の機微を、論理的な構築ではなく、旋律の曲線と和声の色彩によって直接的に心へ届けようとする試み。それこそがロマンスの正体だ。

現代の映画音楽やポップ・バラードにおいて、切ない旋律が繰り返される時、あるいは言葉少なにピアノが旋律を奏でる時、そこには中世の吟遊詩人からルソー、そしてベートーヴェンへと受け継がれてきたロマンスの精神が、確かに息づいていると言えるだろう。それは音楽が単なる音響の構築物ではなく、人間の感情の器であることを再確認させるための、永遠の形式なのである。

「ロマンスとは」音楽用語としての「ロマンス」の意味などを解説

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