モード
「モード」について、用語の意味などを解説

mode(英・仏)
モードとは、音楽用語としては、次のような意味を持つ。
モード手法
(1)現代の音楽形態に、やや形を変えて取り入れられた教会旋法及び民族音楽の旋法。
モード手法ともいい、これらは各トニック・コードの区分によりメジャー・モード(アイオニアン・モード、リディアン・モード、ミクソリディアン・モード)、マイナー・モード(ドリアン・モード、フリジアン・モード、エオリアン・モード、ロクリアン・モード)、スパニッシュ・モードの3種類に分けられる。
教会旋法
(2)教会旋法(チャーチ・モード)の略称。
調性の呪縛からの解放 モードの多義的宇宙
「モード(Mode)」あるいは「旋法」という言葉は、音楽理論において最も誤解されやすく、かつ最も深遠な魅力を秘めた概念の一つである。ラテン語の「modus(尺度、様式、方法)」を語源とするこの言葉は、単なる音階(スケール)のリストではない。それは、ある特定の中心音(ファイナル/主音)に対して、他の音がどのような重力関係を持つかによって決定される「音響空間の在り方」そのものを指している。
現代の私たちが慣れ親しんでいる「長調(メジャー)」と「短調(マイナー)」という二元論的なシステム(調性音楽)は、実は音楽史の長いタイムラインの中では、バロック期からロマン派にかけての一時期に支配的だった特殊な形態に過ぎない。モードの世界に足を踏み入れることは、この調性システムの強固な枠組みを取り払い、より自由で、色彩豊かな音のパレットを取り戻す旅に出ることを意味する。
教会旋法:中世の精神的建築
西洋音楽におけるモードの基礎は、中世カトリック教会の典礼音楽であるグレゴリオ聖歌を体系化するために生まれた「教会旋法(Church Modes)」にある。当初は以下の4つの「正格旋法」と、それぞれの音域を低くした4つの「変格旋法」の計8つで構成されていた。
ドリア旋法(Dorian):レ(D)を主音とする。厳格で、崇高な性格を持つとされ、中世において最も重要視された「第一旋法」。
フリギア旋法(Phrygian):ミ(E)を主音とする。半音の配置が主音のすぐ上にあるため、神秘的で、どこか嘆きや哀愁を帯びた響きを持つ。
リディア旋法(Lydian):ファ(F)を主音とする。主音と第4音の間が増4度(トライトーン)となるため、現代的な耳には明るく、浮遊感のある響きとして聴こえる。
ミクソリディア旋法(Mixolydian):ソ(G)を主音とする。長調に似ているが、第7音が半音低い(導音を持たない)ため、終止感が柔らかく、牧歌的なおおらかさを持つ。
これらの旋法は、現代の長短調のように「機能和声(ドミナントからトニックへの解決)」によって進行するのではなく、旋律のラインそのものが持つ重力と、終止音への回帰によって秩序が保たれていた。それは、ゴシック建築の大聖堂のように、垂直方向の圧力(和声)よりも、水平方向の線(旋律)が天に向かって伸びていくような精神性を体現していた。
モーダル・ジャズの革命
数世紀の時を経て、モードは20世紀のアメリカで劇的な復活を遂げる。1950年代後半、マイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスといったジャズの巨匠たちは、複雑化しすぎたコード進行(ビバップ)の呪縛から逃れるために、再びモードの概念に光を当てた。「モーダル・ジャズ」の誕生である。
彼らは、目まぐるしく変わるコード進行の上で即興演奏を行う代わりに、一つのモード(例えばドリアン・モード)を長時間持続させ、そのスケールの中で自由に旋律を紡ぎ出す手法を確立した。名盤『カインド・オブ・ブルー』の1曲目「So What」は、その記念碑的作品である。ここでは、Dドリアンという一つのモードが延々と続き、時折半音上のE♭ドリアンに移行するだけという極めてシンプルな構造が採られている。
この手法により、演奏家は「コードを追いかける」作業から解放され、「旋律を歌う」ことに集中できるようになった。ジャズにおけるモードは、中世のような宗教的な厳格さではなく、都会的なクールさや、抑制された情熱を表現するための洗練されたツールとして再定義されたのである。
現代音楽における「色彩」としてのモード
クラシック音楽の領域でも、ドビュッシーやラヴェル、バルトークといった近代の作曲家たちは、機能和声の支配を逃れるために、教会旋法や民族音楽の旋法を積極的に取り入れた。彼らにとってモードは、調性の重力圏外にある「異世界」を描くための絵の具であった。
例えば、リディア旋法の「ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ・ミ」という音列は、現代の映画音楽やゲーム音楽において、宇宙空間や魔法、あるいは非日常的なファンタジーの世界を描写する際に頻繁に使用される(ジョン・ウィリアムズの『E.T.』のテーマなどが好例である)。また、フリギア旋法は、スパニッシュ・モード(フリジアン・ドミナント)へと変化し、フラメンコやヘヴィメタルの激しい情動を表すために不可欠な要素となっている。
「雰囲気(ムード)」を作る装置
現代のポピュラー音楽において、モードは楽曲全体の「雰囲気(Mood)」を決定づける背景画のような役割を果たしている。長調(アイオニアン)の明快さや、短調(エオリアン)の悲しさだけでは表現しきれない、曖昧で、複雑で、言葉にできない感情の機微。 「明るいけれど、どこか切ない(リディア)」「暗いけれど、力強い(ドリア)」「土着的な泥臭さ(ミクソリディア)」。こうしたニュアンスを使い分けることこそ、モードを理解する真の意義である。
モードを知ることは、白と黒だけで描かれていた世界に、無限の中間色を取り戻す行為に他ならない。それは、音楽という言語が持つ語彙を飛躍的に増やし、より繊細な物語を語ることを可能にする魔法のシステムである。
「モードとは」音楽用語としての「モード」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
