モルト
「モルト」について、用語の意味などを解説

molto(伊)
モルト=非常に。強弱記号において意味を強める付加語として用いられる。
(例:molto f)
限界を超える意志――「モルト」が示す熱量
音楽用語のモルト(molto)は、イタリア語で「非常に」「大いに」「たくさんの」を意味する副詞(または形容詞)であり、英語の very や much に相当する。単独で用いられることは稀で、主に他の速度記号や発想記号の前に置かれ、その言葉が持つ意味を強力に増幅させる「乗算器(マルチプライヤー)」としての役割を果たす。
しかし、芸術表現の文脈において、モルトは単なる量の増加(Quantity)ではなく、質の変容(Quality)を要求する言葉として解釈されるべきである。例えば、単なる「アレグロ(速く)」が健康的な快活さを表すとすれば、「モルト・アレグロ(非常に速く)」は、息を切らして疾走するような切迫感や、制御の限界に挑むようなスリルを含意する。作曲家がわざわざモルトを書き加えたとき、そこには「常識的な範囲に留まるな」「安全圏を超えろ」という、演奏家に対する挑発的なメッセージが込められているのである。
「アッサイ」との比較に見るニュアンスの差異
モルトと同様に「非常に」という意味を持つ用語として、アッサイ(assai)が存在する(例:Allegro assai)。辞書的な定義では両者はほぼ同義とされるが、音楽的な慣習や語感には微妙な違いがある。
一般に、モルトは主観的で、感情のエネルギーが外に向かって溢れ出るような、重厚で熱狂的なニュアンスを帯びやすい。対してアッサイは、より客観的で、「十分に」「かなり」といった、理性的で完成された状態を指す傾向がある。例えば、ベートーヴェンの『第九交響曲』第2楽章の指定「Molto vivace」は、生命力が爆発するような激しさを求めているが、もしこれが「Vivace assai」であったなら、もう少し洗練された、軽妙な速さがイメージされたかもしれない。モルトには、どこか過剰さ(Excess)への志向が含まれている。
速度記号との結合が生むドラマ
モルトが最も頻繁に結合するのは速度記号である。「Molto Adagio(きわめて遅く)」という指示は、演奏家に対して、一音一音の間にある静寂を極限まで引き伸ばし、時間の感覚を麻痺させるほどの忍耐力を要求する。弦楽四重奏曲の後期作品などでベートーヴェンが用いたこの指定は、もはや物理的な遅さを超え、永遠や神聖な領域への没入を意味している。
逆に「Molto Presto(きわめて急速に)」や「Molto Vivace」においては、指が回る限界、アンサンブルが崩壊する寸前のギリギリの速度感が求められる。ここでは、完璧に整った演奏よりも、リスクを冒して突っ込む姿勢こそが、音楽的な興奮(エキサイトメント)を生み出す鍵となる。モルトは、安定を拒否し、極端(エクストリーム)な状態へ身を投じるための合言葉である。
発想記号における感情の増幅
速度だけでなく、感情や表情を表す用語に付く場合、モルトはその内面的な深さを強調する。「Molto espressivo(きわめて表情豊かに)」と書かれていれば、それは慎み深い表現ではなく、心臓を鷲掴みにするような、濃厚で情熱的な歌い回しが必要であることを示唆する。「Molto cantabile(きわめて歌うように)」であれば、器楽的な発想を捨て、オペラ歌手のような朗々としたフレージングで旋律を支配しなければならない。
また、「Molto marcato(きわめてはっきりと)」のような指示は、バルトークやストラヴィンスキーなどのリズム的な作品でよく見られるが、これは一つひとつの音を彫刻刀で刻み込むような、野性的で強靭な打撃力を求めている。いずれの場合も、モルトが付くことで、演奏者のエネルギー出力レベルは数段階引き上げられることになる。
「過ぎたるは及ばざるが如し」の罠
モルトの演奏において最も警戒すべきは、それが「カリカチュア(戯画化)」になってしまうことである。非常に速くしようとしてリズムが潰れたり、非常に感情を込めようとしてテンポがルーズになりすぎたりすれば、それは音楽の品格を損なうことになる。
「モルト」とは、あくまで音楽的な構造や美しさが維持できる範囲内での「最大級」であるべきだ。しかし、真の巨匠たちは、その構造の枠組みそのものを押し広げ、聴衆が「これ以上は不可能だ」と感じる領域まで音楽を連れて行くことができる。そのギリギリのバランス感覚、氷の上を走るようなスリルこそが、モルトという言葉が約束する最高の芸術体験である。演奏者は、モルトという指示を見るたびに、自らの技術と精神の限界値を再定義することを迫られるのである。
「モルトとは」音楽用語としての「モルト」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
