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リトミック

Posted by Arsène

「リトミック」について、用語の意味などを解説

リトミック

rythmique(仏)

リトミック(rythmique)とは、ジャック=ダルクローズが創案した音楽教育の方法。

音と身体の運動をリズムで結び付けるその考えは現代舞踊、演劇・音楽に影響を与えた。

「お遊戯」ではない:ダルクローズが目指したプロ教育

日本においてリトミック(Eurhythmics)は、しばしば「幼児のための音楽遊び」や「お遊戯」として誤解されがちである。しかし、その創始者であるスイスの作曲家・音楽教育家エミール・ジャック=ダルクローズ(1865-1950)が当初意図したのは、ジュネーヴ音楽院の学生たち、すなわち「プロを目指す音楽家」のための高度な訓練システムであった。

ダルクローズは、技術的に優れた演奏ができる学生であっても、リズム感が悪かったり、音楽のフレーズを身体的に感じ取れていなかったりすることに危機感を抱いた。彼は「音楽的感覚は、知的な理解よりも先に、まず身体の筋肉感覚(kinesthetic sense)として経験されなければならない」と提唱した。つまり、リトミックとは本来、リズムを「数える」ものではなく、全身の筋肉の緊張と弛緩を通じて「体現する」ための、極めて厳格かつ実践的なメソッドなのである。

身体という「最初の楽器」の調律

リトミックの核心は、人間の身体を「最初の、そして最も重要な楽器」と捉える点にある。ピアノやヴァイオリンを弾く前に、まず自分自身の身体が音楽的に調律されていなければ、良い演奏は生まれないという考え方だ。

具体的には、歩く(4分音符)、走る(8分音符)、スキップする(付点リズム)といった基本的な動作を通じて、音の長さやエネルギーを空間的に表現する。しかし、これは単なるダンスではない。クレッシェンド(だんだん強く)に合わせて筋肉を緊張させたり、フェルマータ(停止)で完全に静止して内的なエネルギーを保持したりする訓練は、演奏における「タッチのコントロール」や「ブレス(呼吸)の深さ」と直結している。身体運動を通じて音楽の構造(アーキテクチャ)を内面化することこそが、リトミックの真の目的である。

「即時反応」と脳の可塑性

リトミックのレッスンにおいて最も特徴的なのが、「即時反応(Quick Reaction)」と呼ばれる訓練である。これは、ピアノの即興演奏に合わせて動いている最中に、教師が「ハイ!」と合図をしたら、即座に逆回転したり、リズムを倍にしたり、座ったりするというルールで行われる。

この訓練は、単なる反射神経のゲームではない。演奏中に常に起こりうる不測の事態や、急激な転調、テンポの変化に対して、瞬時に心身を適応させる「集中力」と「判断力」を養うものである。音楽の流れを予測しつつ、常に新しい情報に対してオープンでいる状態(アテンション・コントロール)を作り出すことは、アンサンブル能力や初見演奏能力の向上に劇的な効果をもたらす。現代の脳科学的視点からも、この「聴覚情報と身体運動の即時統合」は、脳の可塑性を高める高度なトレーニングとして再評価されている。

三位一体のメソッド:リズム・ソルフェージュ・即興

ダルクローズのメソッドは、リトミック(リズム運動)単独で完結するものではなく、以下の三つの柱が統合されて初めて機能する。

リトミック(Eurhythmics): 身体を使ってリズムと音楽表現を体験する。

ソルフェージュ(Solfège): 音感や読譜力を養うが、ダルクローズ式では「移動ド」や、手振りを用いた身体的なアプローチが重視される。

即興演奏(Improvisation): ピアノや声、打楽器を使って、自分の中にある音楽的イメージを瞬時に表現する。

これらは相互に関連しており、リトミックで体得したリズム感を即興演奏に活かし、即興演奏で培った表現力をソルフェージュで理論化する、という循環を目指している。この三位一体のアプローチにより、単なる「技術屋」ではない、豊かな感性と創造性を持った「完全な音楽家(Musician)」の育成が可能となる。

現代芸術への波及と療法的側面

ダルクローズの影響は音楽教育の枠を超え、20世紀の舞台芸術全体に革命をもたらした。ニジンスキーやバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のダンサーたちは、リトミックの訓練を取り入れることで、従来のクラシック・バレエにはなかった複雑なリズム表現や、重力を意識した新しい身体言語を獲得した。これは現代舞踊(コンテンポラリー・ダンス)の源流の一つともなっている。

また、現代ではリトミックの持つ「心身の統合機能」が注目され、音楽療法(リトミック療法)としての応用が進んでいる。発達障害児の療育や、高齢者の認知症予防、リハビリテーションの現場において、音楽に合わせて動くことが、コミュニケーション能力の改善や、自己肯定感の向上、そして運動機能の回復に寄与することが実証されている。リトミックは、音楽教育法として始まったが、今や「人間教育」あるいは「人間回復」のための普遍的なメソッドとして、その価値を広げ続けている。

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「リトミックとは」音楽用語としての「リトミック」の意味などを解説

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