リハーサルマーク
「リハーサルマーク」について、用語の意味などを解説

rehearsal mark(英)
リハーサルマーク(rehearsal mark)とは、リハーサルなどで曲の部分を指定するためにスコア、パート譜の段落部分に記されたマークの事。
通常はIntro.、A、B、C…という風にアルファベットが使われるが、時に曲の始めから数えた小節番号によって示される事もある。
この場合、練習番号(リハーサル・ナンバー)といわれる。
オーケストラのための「GPS座標」
リハーサルマーク(Rehearsal Mark)の最も基本的かつ重要な機能は、数十人から百人以上の演奏者が共有する膨大な時間の流れの中に、「座標」を打ち込むことである。音楽は時間芸術であり、絵画のように全体を一度に見渡すことができない。そのため、指揮者が「あそこの、あのメロディから」と抽象的に指示しても、全員が同じ箇所を特定するには時間がかかる。
リハーサルマークは、この抽象的な時間を「A」「B」あるいは「練習番号10」といった具体的な「場所」へと変換する。これにより、「Dから始めます」というたった一言で、100人の意識を瞬時に同一の時間軸上へ同期させることが可能となる。リハーサルマークとは、リハーサルという限られた時間を効率的に運用するための、極めて合理的なビジネスツールであり、巨大な船舶(オーケストラ)を操るための海図上の灯台なのである。
「アルファベット」か「小節番号」か:永遠の論争
リハーサルマークの表記には、主に「アルファベット(A, B, C…)」と「小節番号(10, 20… または特定の小節数)」の二つの流派が存在し、それぞれにメリットとデメリットがある。
アルファベット方式は、「Bの2小節前」といった口頭指示が容易で、視認性も高い。しかし、長い楽曲(例えばマーラーの交響曲など)ではアルファベットが足りなくなり、「AA」「BB」といった表記が登場して混乱を招くリスクがある。一方、小節番号をそのまま練習番号とする方式(スタディスコアなどで一般的)は、楽曲全体における絶対的な位置を把握しやすいが、「145番から」と言われた際に、奏者がその数字を瞬時に見つけ出す視覚的な負荷がかかる。現代の楽譜浄書(エングレービング)においては、主要な区切りにアルファベットを振りつつ、全小節に小節番号を併記するハイブリッドなスタイルが、最も実用的で親切な設計とされている。
配置のセンスが問う「音楽構造の理解」
作曲家や楽譜編集者にとって、どこにリハーサルマークを置くかは、その人の音楽的センス(構造理解)を露呈する踏み絵となる。下手な編集者は、単に「10小節ごと」や「ページが変わるごと」に機械的にマークを振るが、これは演奏現場では全く役に立たない、あるいは有害でさえある。
優れたリハーサルマークは、必ず「音楽的な段落」と一致している。転調する瞬間、テンポが変わる瞬間、新しい主題が登場する瞬間、あるいはオーケストレーション(楽器編成)がガラリと変わる瞬間。これら「音楽の景色が変わるポイント」にマークがあれば、奏者は直感的にそこを見つけ出すことができる。逆に、フレーズの途中や、長い休みの真ん中など、音楽的な意味を持たない場所にマークがあると、奏者は「なぜここ?」と混乱し、アンサンブルの呼吸が乱れる原因となる。リハーサルマークの配置は、楽曲の構造分析そのものなのである。
「落ちた」時の命綱
本番の演奏において、不幸にも誰かが「落ちる(演奏箇所を見失う)」、あるいはアンサンブル全体が崩壊しかけるという事故は起こり得る。この極限状態において、リハーサルマークは唯一の「命綱」として機能する。
熟練したオーケストラ奏者は、無意識のうちに次のリハーサルマークを「集合場所」として認識しながら演奏している。もし現在地を見失ったとしても、「次の『G』の頭で合流しよう」という共通認識があれば、音楽は止まることなく修復される。指揮者もまた、崩壊の危機に瀕した際、棒の動きやアイコンタクトで次のマークを強く示唆することで、バラバラになった船団を再集結させる。リハーサルマークは、平時には練習の効率化ツールだが、有事にはサバイバルのための緊急避難場所となるのである。
「3 before B」の魔法
リハーサルの現場では、「Bの3小節前から(3 before B)」というフレーズが頻繁に使われる。これは単なる場所の指定ではない。「アウフタクト(弱起)の呼吸を整える」ための儀式的な合図である。
多くのフレーズは、マーク(小節の頭)から唐突に始まるのではなく、その数拍前、あるいは数小節前から助走をつけて開始される。そのため、マークの直前から演奏を始めることは、音楽の流れ(フロー)を作り出すために不可欠な手順となる。この「マークの少し前から」という感覚を共有することは、プロフェッショナルな音楽家同士の阿吽の呼吸であり、リハーサルマークという「点」を、音楽という「線」に変換するための重要な作法である。
「リハーサルマークとは」音楽用語としての「リハーサルマーク」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
