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リテヌート

Posted by Arsène

「リテヌート」について、用語の意味などを解説

リテヌート

ritenuto(伊)

リテヌート=急に速度を緩めて。直訳では「後ろに保つ」という意味になる。引き止めた。抑えた。

リタルダンドとの質的な相違と即時性

演奏解釈において学習者が最も頻繁に直面する課題の一つは、リタルダンドとリテヌートの明確な区別である。リタルダンドが時間の経過と共に徐々に速度を緩めていくプロセス(過程)を指すのに対し、リテヌートは指定された箇所で直ちに速度を落とすという即時性を要求する。物理的な運動に例えるならば、リタルダンドはアクセルを離した車が惰性で減速していくなだらかな坂道のような変化である。対してリテヌートは、歩行中に突然重い荷物を背負わされたり、粘り気のある土壌に足を踏み入れたりしたかのように、その瞬間に歩みが重くなる状態変化に近い。

この違いは、楽譜上での機能にも大きく関わる。リタルダンドはフレーズの終わりや曲の結びに向けて、音楽的なエネルギーを自然に減衰させていく場面で多用される。一方のリテヌートは、音楽の流れを意図的に堰き止め、聴き手の注意を特定の瞬間に引きつけるための劇的な装置として機能する。したがって、リテヌートを演奏する際には、単にメトロノームの数値を下げるという意識ではなく、音楽の進行を阻む何らかの力強いブレーキがかかったような感覚を持つことが重要となる。

語源に内包される抵抗と保持の感覚

イタリア語のritenutoは、動詞ritenere(引き止める、保持する、抑制する)の過去分詞形に由来する。この語源的な背景は、演奏家が表現すべきニュアンスを理解する上で極めて重要な手がかりとなる。すなわち、リテヌートには前へ進もうとする音楽的な推進力に対し、それを後ろへ引き戻そうとする逆向きのベクトルが含まれている。

演奏者はこの「引き止められた」感覚を具現化するために、テンポを落とすだけでなく、音質やタッチに変化を加えることが求められる。多くの場合、リテヌートされた箇所では、一つひとつの音に物理的な重さや密度を与えるアプローチが有効である。軽快なスタッカートでリテヌートすることは極めて稀であり、むしろテヌートやマルカートのように、音を十分に保ち、鍵盤や弦に圧力をかけるような奏法が適している。指揮者がオーケストラに対してリテヌートを指示する場合も、指揮棒の動きを大きく重くし、空気の粘度が増したようなジェスチャーを用いることで、楽団員全員にその抵抗感を共有させる。単に遅いのではなく、エネルギーが凝縮された状態を作り出すことこそがリテヌートの本質と言える。

楽曲構造におけるドラマティックな転換点

作曲家がリタルダンドではなくあえてリテヌートを選択する場合、そこには楽曲の構造に関わる重要な意図が隠されていることが多い。リテヌートはしばしば、楽曲の場面転換やクライマックスの強調、あるいは予期せぬ和声進行の前触れとして配置される。これは映画や演劇における演出技法と類似しており、アクションシーンの中で不意にスローモーションになり、主人公の表情や特定の重要な事象に焦点を合わせるクローズアップの効果に相当する。

例えば、ロマン派のピアノ作品において、華麗なパッセージの直後にリテヌートが現れるケースがある。これは技巧的な誇示を一時停止させ、その背後にある悲劇的な感情や、解決されない和声の緊張感を強調するためのレトリックである。聴き手に対して「ここから何かが変わる」「この瞬間を見逃してはならない」というシグナルを送る役割を果たしており、演奏者はその意図を汲み取り、明確なコントラストを持って表現しなければならない。

略記号「rit.」の解釈と文脈判断

楽譜上ではしばしば「rit.」という略記が用いられるが、これがリタルダンド(ritardando)を指すのか、リテヌート(ritenuto)を指すのかが曖昧なケースも少なくない。一般的にはリタルダンドの略として扱われることが多いものの、印刷技術が未発達だった時代の楽譜や、作曲家の癖によってはリテヌートを意図している場合もあり得るため、演奏者には文脈から判断する洞察力が求められる。

判断の基準としては、その箇所がフレーズの収束に向かっているのか、それとも劇的な強調を求めているのかという点が挙げられる。音楽が自然に休息に向かうような場面であればリタルダンドが適切であり、逆に緊張感が高まり、和声が複雑に絡み合うような場面であればリテヌート的なアプローチがふさわしい場合がある。また、ブラームスなどの一部の作曲家は、この二つを厳密に使い分けており、リタルダンドを「rit.」、リテヌートを「riten.」と記すことで区別しようと試みた例も見られる。楽譜に書かれた文字情報だけでなく、音楽そのものが要求する必然性に耳を傾けることが、正解を導き出す鍵となる。

緊張と弛緩のダイナミクスと解決

リテヌートによるテンポの抑制は、その後に訪れる「ア・テンポ(a tempo)」によって解消されることで、一つの音楽的なドラマを完結させる。堰き止められていた川の水が再び勢いよく流れ出すように、あるいは重い足かせが外れた瞬間の解放感のように、元のテンポに戻る瞬間こそがリテヌートが作り出した緊張に対する解決となる。

この「緊張(リテヌート)」と「弛緩・解放(ア・テンポ)」の対比が鮮やかであればあるほど、演奏は立体的で生き生きとしたものになる。リテヌートを単なる停滞として処理してしまうと、その後のア・テンポが持つ推進力も削がれてしまう。演奏者はリテヌートの区間において、あたかも弓を引き絞るかのようにエネルギーを蓄え、ア・テンポの瞬間にそれを解き放つという意識を持つべきである。このように、リテヌートは単一の記号として存在するのではなく、前後の時間の流れと密接に関係しながら、楽曲全体のダイナミクスを支配する重要な要素として機能している。

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