揚琴
「揚琴」について、用語の意味などを解説

揚琴(ようきん)とは、中国の伝統楽器であり、ツィター属に属する撥弦楽器である。表面板に弦が張られ、薄く裂いた2本の竹のバチで弦を叩いて演奏する。揚琴は、古代ペルシアで原型が生まれ、中国に伝わった楽器であるが、この楽器に鍵盤が加わることでピアノが生まれたとも言われる。
シルクロードを渡った「洋」なる響き――その起源と変容
揚琴(ようきん/ヤンチン)は、今日でこそ中国民族音楽を代表する楽器としての地位を確立しているが、そのルーツを辿れば、はるか西方のペルシャ(現在のイラン)に起源を持つ「サントゥール」に行き着く。明朝末期(およそ17世紀頃)、シルクロードを経由した陸路、あるいは広東の港を経由した海路によって中国大陸にもたらされたこの楽器は、当初「洋琴(海の向こうから来た琴)」と呼ばれていた。後に、その音が軽やかに舞い上がる様や、演奏する姿から「揚琴」の字が当てられるようになったとされる歴史的経緯を持つ。
したがって、揚琴を理解するためには、これを単なる「中国の伝統楽器」という閉じた枠組みで捉えるのではなく、ユーラシア大陸を横断する「ハンマー・ダルシマー(打弦楽器)」という巨大なファミリーの一員として位置づける視座が必要となる。東欧のツィンバロム、ドイツのハックブレット、アメリカのアパラチアン・ダルシマー、そしてインドのサントゥール。これらはすべて揚琴の兄弟姉妹であり、金属弦を叩いて音を出すという共通のDNAを持っている。しかし、揚琴は中国の土壌に定着する過程で、独自の美学と演奏技法を獲得し、他の同族楽器とは一線を画す繊細優美な進化を遂げた。
打弦という逆説的なメカニズム
揚琴の構造的特徴は、台形または蝶形の共鳴箱の上に多数の金属弦を張り、それを「琴竹(チンジュ)」と呼ばれる竹製のバチ(ハンマー)で叩く点にある。古筝や琵琶といった他の主要な中国弦楽器が、指や爪で弾く「撥弦(はつげん)楽器」であるのに対し、揚琴は「打楽器」の発音原理を持ちながら「弦楽器」の余韻を持つという、ハイブリッドな性質を有している。
この「叩く」という行為は、ピアノの内部構造と本質的に同じである。実際、揚琴は「中国のピアノ」と形容されることも多く、その音色はピアノよりも倍音が煌びやかで、金属的な輝きと、水面を跳ねるような透明感を併せ持っている。しかし、鍵盤という複雑なアクション機構を介さない分、演奏者の筋肉の動きや呼吸がダイレクトに弦へ伝達される。打撃の強弱だけでなく、バチを弦に当てる角度や接触時間のコントロールによって、硬質な音からハープのような柔らかい音まで、千変万化の音色を引き出すことが可能である。
竹の鞭が生む「輪音」の魔術
揚琴の表現力を決定づける最大の要因は、バチの素材に「竹」を選んだことにある。西洋のツィンバロムなどが木製や綿を巻いた重量のあるバチを使用するのに対し、中国の揚琴は、極めて細く、しなやかな弾力性を持つ竹のバチを使用する。この竹の「しなり」こそが、揚琴特有の奏法である「輪音(ルンイン/トレモロ)」を可能にした。
輪音とは、左右のバチを細かく交互に動かし、持続音を作り出す技法である。マンドリンやマリンバのトレモロに似ているが、揚琴のそれは竹の弾性を利用するため、粒立ちが極めて細かく、流れる水のような滑らかさを持つ。この技法によって、本来は減衰音しか出せない打弦楽器が、ヴァイオリンや二胡のような歌うようなレガート(持続旋律)を奏でることが可能となった。点描画のような打音の集合体が、遠目に見ると一本の線に見えるという聴覚上の錯覚を利用したこの奏法こそ、揚琴を単なる伴奏楽器から独奏楽器の地位へと押し上げた原動力である。
民族オーケストラにおけるピアノ的役割
現代の中国民族管弦楽団(オーケストラ)において、揚琴は西洋オーケストラにおけるピアノやハープ、あるいは指揮者に近い中枢的な役割を担っている。その理由は、揚琴が持つ広大な音域(4オクターブ以上)と、半音階を網羅した和声的な機能にある。
二胡などの擦弦楽器群と、琵琶や中阮などの撥弦楽器群は、音の立ち上がりや減衰の特性が異なるため、そのままではアンサンブルとして融合しにくい側面がある。ここに揚琴の音が加わることで、打撃音のアタックがリズムを明確にしつつ、金属弦の豊かな残響が全体のサウンドを包み込み、異なるセクション同士を接着させる溶媒のような働きをする。指揮者のすぐ正面に配置されることが多いのも、揚琴がリズムとハーモニーの土台を提供し、全体のテンポ感をリードする指揮所のような機能を果たしているからである。
現代における進化と音響の美学
20世紀後半以降、揚琴は劇的な改良(現代化)遂げた。伝統的な小型の楽器から、ダンパーペダル(止音装置)を備えた大型の「402型」などが開発され、転調が容易な半音階配列が採用されたことで、演奏可能なレパートリーは飛躍的に拡大した。これにより、ドビュッシーやリストといった西洋クラシックのピアノ曲やヴァイオリン曲を編曲して演奏することも一般的となり、高度なヴィルトゥオーソ性を発揮する楽器として認知されている。
しかし、楽器が大型化・複雑化しても、揚琴の音響美学の根底にあるのは「大珠小珠落玉盤(大きな真珠も小さな真珠も、玉盤に落ちる音のように美しい)」と白居易が『琵琶行』で詠んだような、清冽で粒立ちの良い音の美しさである。ペダルを使って残響をコントロールしながらも、一音一音のクリアな輪郭を失わず、静寂の中に波紋が広がるような情景を描き出す。シルクロードの旅路の果てに、東洋の精神性と出会って完成された揚琴は、鋼(はがね)の弦と竹のバチが織りなす、最も洗練された打弦芸術の極致と言えるだろう。
「揚琴とは」音楽用語としての「揚琴」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
