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ルジンガンド

Posted by Arsène

「ルジンガンド」について、用語の意味などを解説

ルジンガンド

lusingando(伊)

ルジンガンド=媚びへつらうように。媚びるように。

発想記号(発想標語、曲想標語)のひとつ。

甘美な罠としての音楽:語源が示す戦略性

ルジンガンド(Lusingando)という音楽用語は、しばしば「優しく」や「甘く」と混同されがちであるが、その本質はより複雑で、ある種の危険な魅力を孕んでいる。語源であるイタリア語の動詞「lusingare」は、単に優しくすることではなく、「お世辞を言う」「誘惑する」「そそのかす」といった意味を持つ。つまり、ルジンガンドとは、相手(聴衆や共演者)を自分の意図する方向へ誘導するための、計算された甘さなのである。

音楽においてこの指示が現れる時、そこには必ず「意図」が存在する。それは純粋無垢な愛の告白ではなく、相手の心を解きほぐし、武装解除させるための心理的な駆け引きである。例えば、オペラにおいて登場人物が誰かを騙そうとする場面や、許しを請う場面でこの言葉が使われるのは偶然ではない。演奏者は、単に音を美しく磨くだけでなく、その背後に潜む「媚び」や「懇願」のニュアンスを含ませることで、初めてこの用語の真意に到達できる。

ドルチェとアモローソとの決定的差異

演奏解釈において最も重要なのは、類似する用語との明確な弾き分けである。「ドルチェ(Dolce)」が砂糖菓子のような純粋で無害な甘さを指し、「アモローソ(Amoroso)」が情熱的で誠実な愛を表すとすれば、ルジンガンドは「成人の甘さ」あるいは「毒を含んだ蜜」であると言える。

ドルチェが直線的で透明な響きを求めるのに対し、ルジンガンドは曲線的で、どこか捉えどころのない響きを求める。アモローソが心臓の鼓動のような直接的なリズム感を伴うのに対し、ルジンガンドは焦らしやためらいを含んだ、不安定な時間の流れ(ルバート)を必要とする。聴き手を安心させるのがドルチェであり、聴き手を不安と快感の狭間に誘い込むのがルジンガンドである。この微妙なニュアンスの違いを表現することこそ、成熟した芸術家の証左である。

アゴーギクによる「焦らし」の技術

技術的な側面から見ると、ルジンガンドの表現には高度なアゴーギク(速度変化)の制御が不可欠である。イン・テンポ(正確な拍子)で演奏されたルジンガンドは、単なる棒読みの台詞のように響き、その誘惑的な効力を失う。

ここでは、拍の頭をわずかに遅らせたり、フレーズの語尾を意図的に引き伸ばしたりするような、微細な「粘り」が求められる。しかし、それはロマンティックな大仰なルバートとは異なり、もっと親密で、耳元で囁くような微小な揺らぎでなければならない。相手の反応を伺うような「間(ま)」、あるいは同意を求めるような「問いかけ」のニュアンスをリズムの中に織り込むことで、音楽は強力な説得力を持つ言葉へと変貌する。

ピアノにおける「撫でる」タッチとウナ・コルダ

ピアノ演奏においてルジンガンドを実現するためには、ハンマーが弦を叩くという物理的な衝撃(パーカッシブな要素)を極限まで消し去る必要がある。そのためには、鍵盤を垂直に叩くのではなく、指の腹で鍵盤の手前から奥へと撫でるようなタッチや、鍵盤の底まで押し切らない浅いタッチが有効となる場合がある。

また、左ペダル(ウナ・コルダ / ソフトペダル)の使用は、ルジンガンドの色彩を作る上で極めて効果的な手段である。ウナ・コルダを踏むことで、ハンマーが弦の柔らかい部分を叩き(あるいは叩く弦の本数が減り)、音色はくぐもり、焦点がぼやける。この「ソフトフォーカス」された音響は、現実感を希薄にし、夢心地のような、あるいは催眠的な雰囲気を作り出す。明確な輪郭を持たない音の連なりは、聴き手の理性を麻痺させ、感情の深層へと侵入するための最適な武器となる。

リストとスクリャービンに見る「悪魔的」な甘さ

フランツ・リストやアレクサンドル・スクリャービンの作品において、ルジンガンドはしばしば「悪魔的」あるいは「神秘的」な文脈で使用される。リストの『メフィスト・ワルツ』のような作品では、悪魔が人々を狂乱の舞踏へと誘う場面で、甘美で執拗な旋律が現れる。ここでのルジンガンドは、抗いがたい力で魂を絡め取る蜘蛛の糸のような役割を果たす。

また、スクリャービンの後期作品においては、官能的で浮遊感のある和声と共にこの指示が現れ、聴き手を法悦の境地へと誘惑する。これらの作品を演奏する際、奏者は高潔な芸術家であることを一時忘れ、魅惑的なトリックスター(詐欺師)として振る舞わなければならない。その甘さの奥に、破滅への入り口が隠されていることを暗示しつつ、表面上は極めて優雅に、そして執拗に、音の媚薬を滴らせ続けることが求められるの。

「ルジンガンドとは」音楽用語としての「ルジンガンド」の意味などを解説

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