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臨時記号

Posted by Arsène

「臨時記号」について、用語の意味などを解説

臨時記号

accidental mark(英)

臨時記号(りんじきごう)は、曲の途中において、音高を一時的に変える記号。

実際には変化記号(シャープ、フラット)や本位記号(ナチュラル)が用いられ、音符の左側に記される。

また注意点として、再び繰り返される同じ音に対しては同一小節内では全て有効だが、1オクターブ離れた音に対しては効果が無くなる。

秩序への侵犯と物語の転換点

楽譜上において、臨時記号(Accidentals)は単なる「音程の上げ下げ」を示す作業指示ではない。それは、確立された調性という「日常」に対する、意図的な「非日常」の介入である。ハ長調の楽曲において、突然現れる「嬰へ(F#)」は、単にファの音が半音上がったという物理的事実以上に、ト長調(属調)への転調の兆し、あるいは一時的な緊張の高まりを告げるサイレンのような役割を果たす。

作曲家が調号(Key Signature)で示された支配的なルールを破り、あえて臨時記号を書き込む時、そこには必ず劇的な意図が存在する。それは感情の昂揚であったり、不吉な予感であったり、あるいは光が差し込むような救済であったりする。したがって、演奏者は臨時記号を見た瞬間、これまで流れていた空気が変化したことを敏感に察知し、音色やタッチに微細な変化を加えなければならない。臨時記号とは、音楽という物語における「事件」の発生現場だと言えるだろう。

「ムジカ・フィクタ」と悪魔の音程

歴史的に見ると、臨時記号の起源は中世・ルネサンス期の「ムジカ・フィクタ(Musica Ficta=偽りの音楽)」という慣習に遡る。当時の教会旋法システムにおいては、譜面上に記されていなくても、演奏者が文脈に応じて特定の音(主に導音など)を半音変化させて歌うことが暗黙の了解となっていた。

特に、増四度(トライトーン)と呼ばれる「ファ-シ」の音程は「音楽の悪魔(Diabolus in musica)」として忌み嫌われたため、これを回避するために「シ」をフラットさせて「変ロ(Bb)」にする操作が頻繁に行われた。これが現在のフラット記号の起源である。一方、終止形において主音へ滑らかに解決するために、導音を半音上げる操作はシャープやナチュラルの起源となった。つまり、臨時記号は当初、楽譜に書かれるものではなく、演奏家の耳と知性によって現場で生成される「即興的な補正」だったのである。この歴史的背景は、現代の演奏においても「書かれていないニュアンス」を読み取るための重要なヒントとなる。

異名同音の魔術と心理的転換

平均律(1オクターブを均等に12分割する調律)が普及した現代の鍵盤楽器において、「嬰ト(G#)」と「変イ(Ab)」は物理的に同じ鍵盤を指す。これを「異名同音(Enharmonic)」と呼ぶ。しかし、音楽の文脈において、この二つは天と地ほどに異なる意味を持つ。

例えば、嬰トは「上へ向かおうとするエネルギー(導音的性格)」を持つのに対し、変イは「下へ落ち着こうとするエネルギー(下降変質)」を持つ。シューベルトやリストといったロマン派の作曲家は、この異名同音の読み替え(エンハーモニック転換)を巧みに利用して、瞬時に遠隔調へワープするような魔法的な転調を行った。演奏者は、同じ黒鍵を弾く場合でも、それがシャープとして書かれているのか、フラットとして書かれているのかによって、指にかける重みの方向や、音色の明るさを変化させなければならない。楽譜上のスペリング(綴り)の違いは、そのまま心理的な方向性の違いを示唆しているからだ。

ナチュラルの残酷さと解放

シャープやフラットが「変化」をもたらす記号だとすれば、ナチュラル(本位記号)は「現状復帰」を意味する記号である。しかし、劇的な音楽の流れの中で現れるナチュラルは、時として変化記号以上に強烈なインパクトを与える。

短調の曲において、第3音(悲しみの象徴)がナチュラルによって半音上げられ、長調(ピカルディ終止)として終わる瞬間、そこには雲間から光が射すような救済が生まれる。逆に、高揚した長調の旋律の中で、第6音や第7音が突然ナチュラルによって下げられた時、それは希望が打ち砕かれるような失望や、死の影を感じさせる。ナチュラルは単に「元の音に戻す」だけでなく、「魔法を解く」あるいは「夢から覚めさせる」という冷徹なリアリズムを突きつける記号としても機能するのである。

ダブルシャープと現代の極限状態

後期ロマン派から近代にかけて、音楽の半音階化が進むにつれて、「ダブルシャープ(x)」や「ダブルフラット(bb)」といった記号の使用頻度が増加した。これらは、既存の調性システムの枠内で極限まで緊張を高めるために用いられる。

例えば、導音のさらに半音下からアプローチする場合や、増六の和音のような複雑な和声を記譜する際に不可欠となる。演奏家にとって、これらの記号は「読みづらい」というストレスを与えるが、そのストレス自体が音楽的なテンションとリンクしている場合が多い。スクリャービンやメシアンの楽譜に見られる臨時記号の嵐は、調性の崩壊寸前で踏みとどまるギリギリの精神状態や、色彩の爆発を視覚的にも表現している。臨時記号とは、作曲家が五線譜という限られた座標軸の中で、無限の色彩と感情を描き出そうとした苦闘の痕跡である。

「臨時記号とは」音楽用語としての「臨時記号」の意味などを解説

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