レゲエ
「レゲエ」について、用語の意味などを解説

reggae(英・西)
レゲエ(reggae)は、1960年代末にジャマイカで生まれた音楽。
R&Bの影響下に生まれたスカから、ロック・ステディを経て形成された後に政治的、宗教的要素などが加わっていった。
2拍子の独特なリズム
レゲエは、アフター・ビートにアクセントを付けた2拍子の独特なリズムでキーボード、エレクトリック・ギター、エレクトリック・ベース、打楽器などのアンサンブルにより演奏される。
定義と歴史的変遷:島国の鼓動が世界へ
レゲエ(Reggae)とは、1960年代後半にカリブ海の島国ジャマイカで誕生したポピュラー音楽のスタイルである。その系譜は、アメリカのR&B(リズム・アンド・ブルース)やジャズの影響を受けて1960年代初頭に生まれた「スカ(Ska)」、そしてそのテンポが緩やかになりソウルフルな歌心が増した「ロックステディ(Rocksteady)」という二つの重要な先行ジャンルを経て形成された。
1968年頃、トゥーツ・アンド・ザ・メイタルズの楽曲『Do the Reggay』によってその名称が定着したと言われるが、音楽的な最大の発明は、ロックステディよりもさらにテンポを落とし、リズムの重心を極端に低く設定したことにある。この変化は、当時のジャマイカの政情不安や貧困といった社会的緊張を反映したものであり、単なるダンスミュージックから、民衆の苦悩や抵抗を伝えるメディア(媒体)へと進化したことを意味している。ボブ・マーリー(Bob Marley)という不世出のアイコンの登場により、レゲエは「第三世界の音楽」という枠を超え、世界中の抑圧された人々の魂を鼓舞する普遍的なメッセージ・ミュージックとしての地位を確立した。
「ワン・ドロップ」と「裏打ち」の数理
音楽理論的な視点からレゲエを解剖すると、その特異性はリズム構造に集約される。西洋音楽やロックが1拍目と3拍目(ダウンビート)に重心を置くのに対し、レゲエは徹底して「裏(オフビート)」を強調する。
まず、ギターやキーボードによる和音のカッティング(刻み)は、4/4拍子の2拍目と4拍目、あるいは8分音符の裏拍(「ン・チャ、ン・チャ」の「チャ」の部分)に置かれ、これを「スカンク(Skank)」や「バブリング」と呼ぶ。 そしてドラムスにおいては、「ワン・ドロップ(One Drop)」と呼ばれる独特の奏法が核となる。これは、通常のリズムにおける1拍目のキック(バスドラム)をあえて「抜く(演奏しない)」、あるいは極めて弱く演奏し、3拍目にスネアとキックを同時に叩くというスタイルである。この「1拍目の空白」こそが、レゲエ特有の、つんのめるような、それでいてゆったりとした浮遊感のあるグルーヴを生み出す正体である。
「リディム」とベースラインの支配権
レゲエにおいて最も支配的な楽器は、ギターでもヴォーカルでもなく、エレクトリック・ベースである。レゲエのベースラインは、単にコードのルート音をなぞる伴奏の役割を放棄し、メロディ楽器のように歌い、同時に打楽器のようにリズムを支配する。極端に低音域(ローエンド)を強調したそのサウンドは、巨大なサウンドシステムのスピーカーを通して聴衆の腹部に物理的な振動として伝わり、トランス状態へと誘う機能を果たす。
また、レゲエには「リディム(Riddim)」という独自の概念が存在する。これはドラムとベースによる基本的なリズムトラックのことを指すが、ヒップホップのトラックとは異なり、ひとつのリディムが「公共財」のように共有される文化がある。同じリディムの上に、異なる歌手が全く別のメロディや歌詞を乗せた曲が何十曲もリリースされる現象(ワンウェイ)は、レゲエにおける著作権やオリジナリティの概念が、西洋近代のそれとは異なる共同体的なものであることを示唆している。
ラスタファリアニズムと精神的支柱
レゲエを語る上で避けて通れないのが、ジャマイカ独自の宗教的思想「ラスタファリアニズム」との不可分な関係である。1930年代にエチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世を「ジャー(Jah=神)」として崇拝することから始まったこの運動は、アフリカ回帰(ザイオンへの帰還)を説き、西洋的な植民地支配システムや物質文明を「バビロン」と呼んで批判する。
レゲエ・ミュージシャンの多くがドレッドロックス(長髪)を蓄え、ガンジャ(大麻)を精神を解放する聖なる草として愛用するのは、単なるファッションではなく、この教義に基づいた宗教的な実践である。歌詞において頻出する「Peace & Love」や「One Love」というフレーズも、単なる楽観主義ではなく、過酷な現実(バビロン)に対する精神的な闘争と、全人類の連帯を希求する切実な祈りが込められているのである。
ダブからダンスホールへ:進化する遺伝子
1970年代に入ると、レコーディング・エンジニアが主役となる派生ジャンル「ダブ(Dub)」が誕生した。これは既存のレゲエ楽曲からヴォーカルを抜き取り、ドラムとベースを強調した上で、過激なエコーやリバーブといったエフェクト処理を施し、原曲を解体・再構築する手法である。キング・タビーやリー・ペリーといったエンジニアによるこの実験は、後のテクノやハウス、ヒップホップといった現代のエレクトロニック・ミュージックの源流となり、「リミックス」という概念を音楽史に刻み込んだ。
1980年代以降は、デジタル機材(ドラムマシンやシンセサイザー)を導入し、テンポを高速化させた「ダンスホール・レゲエ」が台頭する。ここでは「トースティング(Dejaying)」と呼ばれる、リズミカルに喋るように歌うスタイルが主流となり、これはアメリカのラップ・ミュージックに多大な影響を与えた(あるいは相互に影響し合った)。
文化的波及と日本のレゲエシーン
レゲエの影響力はジャマイカ一国にとどまらない。イギリスではパンク・ロックと結びつき、ザ・クラッシュやポリスといったバンドがレゲエのリズムを取り入れた「ホワイト・レゲエ」を展開した。また、日本においても1980年代から独自の受容が進み、横浜や大阪などを中心に強力なシーンが形成された。
「横浜レゲエ祭」に代表されるような大規模なフェスティバルの成功や、MIGHTY CROWNのようなサウンドクルー(DJ集団)が世界大会で優勝するなど、日本のレゲエは単なる模倣の域を超え、日本語の響きとダンスホール・リズムを融合させた「ジャパニーズ・レゲエ」として独自の進化を遂げている。島国の音楽が、遠く離れた別の島国で根付き、花開いた事実は、レゲエという音楽が持つ、民族や言語の壁を越えて人間の本能的なリズム感に訴えかける普遍的な強度を証明していると言えるだろう。
「レゲエとは」音楽用語としての「レゲエ」の意味などを解説
Published:2025/12/27 updated:
