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ワイヤレス

Posted by Arsène

「ワイヤレス」について、用語の意味などを解説

ワイヤレス

wireless(英)

ワイヤレスとは、信号を電波や赤外線などで飛ばし、従来シールド線などで信号を伝送していた箇所を無線化する事、及びその装置。ライブなどで使われるものは電波を利用している(マイクやギター・ベースなどは電波を利用したワイヤレスのものが用いられる)。近年ではBluetoothを用いたワイヤレススピーカー、ヘッドフォン、イヤホンの利用が一般化している。

ケーブルという「臍の緒」からの解放と空間の拡張

ワイヤレスシステムとは、マイクや楽器が生み出す電気信号を電波(または赤外線)に変換して空間を伝送し、物理的なケーブルの制約から演奏者を解放する装置の総称である。この技術の登場は、単なる「便利さ」の提供にとどまらない。ステージングにおいては、演者がステージの端から端まで疾走することも、観客席へダイブすることも可能にし、パフォーマンスの空間的定義を劇的に拡張させた。また、ケーブルの断線トラブルや足元の配線による転倒リスクを排除するという実務的な恩恵も計り知れない。しかし、この「自由」は、有線接続が持っていた絶対的な信号伝達の安定性を手放し、目に見えない電波という不確定な媒体を管理するという新たな技術的責任と引き換えに得られたものである。

音響信号の無線化プロセスと法的枠組み

ワイヤレスシステムは基本的に、音声を電波に乗せて送り出す「トランスミッター(送信機)」と、それを受け取り音声に戻す「レシーバー(受信機)」の対で構成される。トランスミッターには、マイク本体に送信機能を内蔵した「ハンドヘルド型」と、ベルトなどに装着しラベリアマイクや楽器を接続する「ボディパック型」が存在する。

日本国内において、これらの機器が使用できる電波の周波数帯域は電波法により厳格に区分されている。音楽用途で主に使用されるのは以下の3つである。

  • B帯(800MHz帯) 免許不要で誰でも使用できる最も一般的な帯域。遮蔽物に比較的強く、安定した伝送が可能だが、利用者が多いため混信のリスクが常につきまとう。同一エリアでの同時使用本数は、アナログ方式で最大6波程度、デジタル方式で最大10波〜15波程度に制限される。
  • 2.4GHz帯(ISMバンド) Wi-FiやBluetoothと同じ帯域を使用するデジタルワイヤレス。免許不要で、世界共通の規格であることが多いため海外製品も導入しやすい。音質は優れているが、電子レンジや観客のスマートフォンなどからの干渉を受けやすく、電波の直進性が強いため遮蔽物に弱いという特性を持つ。
  • A帯(特定ラジオマイク) 主にプロのコンサートや放送局で使用される帯域。使用には陸上移動局の免許と、運用ごとの事前の届出が必要である。圧倒的なチャンネル数と安定性を誇り、大規模なスタジアムライブなどでは必須となるが、導入コストと運用ハードルは極めて高い。

アナログ対デジタル:圧縮と遅延のジレンマ

ワイヤレスシステムを語る上で避けて通れないのが、アナログ方式とデジタル方式の決定的な違いである。この二つは、音質と伝送の哲学において対照的なアプローチをとる。

アナログワイヤレスは、限られた電波の帯域幅に音声を収めるため、「コンパンダー(Compander)」と呼ばれる回路を使用する。これは送信側で音の大小の幅(ダイナミックレンジ)を圧縮(Compress)し、受信側で伸張(Expand)する仕組みである。このプロセスにより、微小な音の余韻が不自然に途切れたり、急激な音量変化でポンピング(音のうねり)が発生したりする「ブリージング現象」が避けられない。しかし、電波状況が悪化しても、ノイズ混じりになりながらも「粘って」音を出し続けるという、現場での安心感がある。

一方、デジタルワイヤレスは、音声を0と1のデータに変換して伝送する。コンパンダーを介さないため、有線に限りなく近いフラットな周波数特性と広いダイナミックレンジを実現できる。しかし、アナログ/デジタル変換の処理に時間を要するため、数ミリ秒の「レイテンシー(遅延)」が発生する。この遅延は、ボーカリストが自分の声をモニターする際や、ギタリストのリズム感に違和感を与える場合がある。また、電波のエラー訂正能力を超えると、予兆なく突如として音が途切れる(ドロップアウトする)というデジタル特有の挙動を示す。

「トゥルー・ダイバーシティ」による空間的冗長性

電波は壁や床で反射し、直接波と反射波が干渉し合うことで、場所によって電波が極端に弱くなる「デッドポイント」を生じさせる。演奏者が移動してデッドポイントに入ると、瞬間的に音が途切れてしまう。この物理現象に対抗するために開発されたのが「ダイバーシティ(Diversity)」受信方式である。

最も信頼性の高い「トゥルー・ダイバーシティ」方式では、レシーバーに2本のアンテナと、それぞれ独立した2つの受信回路を搭載している。システムは常に両方のアンテナの電波強度を監視し、より状態の良い方の音声信号を瞬時に、かつノイズレスに切り替えて出力する。これは単にアンテナが2本あるということではなく、受信システムそのものを二重化する「冗長性(Redundancy)」の思想設計である。安価なモデルに見られる「アンテナ・ダイバーシティ」は、受信回路が1つしかなくアンテナだけを切り替えるため、切り替え時にノイズが発生するリスクがある点で区別される。

運用リテラシー 見えない波を管理する

ワイヤレスシステムの運用において最も重要なのは、適切な「チャンネルプラン」の策定である。複数のワイヤレスマイクを同時に使用する場合、単に空いているチャンネルを選べば良いというわけではない。異なる周波数の電波が空間で混ざり合うと、「相互変調歪み(Intermodulation Distortion)」と呼ばれる幽霊のような偽の信号が発生し、それが別のマイクの受信を妨害してしまうからだ。

これを防ぐために、メーカーは計算済みの安全な周波数の組み合わせを「グループ」としてプリセットしている。運用者は必ず「同一グループ内のチャンネル」で統一して設定しなければならない。例えば、マイクAを「グループ1・チャンネル1」、マイクBを「グループ2・チャンネル1」に設定すると、計算外の相互変調が発生し、リハーサルでは問題なくとも本番で突如通信不能に陥るといった悲劇を招くことになる。

ワイヤレスとは、ケーブルという目に見える「鎖」を断ち切る代わりに、電波という目に見えない「波」の力学を理解し、手なずけることではじめて成立する自由なのである。

「ワイヤレスとは」音楽用語としての「ワイヤレス」の意味などを解説

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