掛留音
「掛留音」について、用語の意味などを解説

suspension(英)
掛留音(けいりゅうおん)とは、和音転換点において、前の和音から音が延長された結果生じる非和声音である。
掛留音の定義と和声法における三段階の音響プロセス
掛留音(サスペンション)は、和声法において最も劇的な動的効果をもたらす非和声音の一種である。
ある和音の構成音が、次の和音へと移行する際にもそのまま同じ音高で保持され、新しく変化した周囲の和音に対して一時的に不協和音を形成する。
この発音プロセスは「予備」「掛留」「解決」という厳格な三段階の音響変化をたどる。
最初に協和音として響く「予備」があり、次の和音の瞬間に入力される「掛留」で強い物理的緊張が生じ、最終的に二度下行(または上行)して和音構成音に着地する「解決」によって協和状態へと至る。
この緊張から弛緩へのなめらかな移行は、聴き手の生理的な快感を刺激し、音楽に推進力を与えるために重要である。
バロック音楽における対位法的機能と不協和音の美学
17世紀から18世紀のバロック音楽、特にヨハン・セバスティアン・バッハやアルカンジェロ・コレッリらの作品において、掛留音は対位法的な多声編制(ポリフォニー)を構築するための中心的な技法であった。
複数の声部が独立して進む中で、一歩遅れて動く声部が掛留音を形成し、それが連鎖していく「連続掛留」は、バロック特有の甘美な哀愁と前に進む推進力を生み出す。
また、終止形(カデンツ)の手前で属和音に第4音を掛留させ、主音へと解決させる「4-3の掛留」は、楽曲の節目において聴き手に強い期待感を与える。
装飾的な非和声音とは異なり、拍頭の強拍に意図的に不協和を衝突させるため、音響空間における緊張感のコントラストを明瞭にする上で、極めて大きな価値を持っている。
ロマン派音楽における掛留の拡張と感情表現の極大化
19世紀のロマン派音楽、とりわけリヒャルト・ワーグナーやフランツ・リストの時代になると、掛留音の扱いはさらに大胆に、そして複雑に変容した。
古典的なルールでは即座に解決されるべき不協和音が、解決を先延ばしにされたり、解決しないまま別の不協和音へと移行したりする「解決の遅延」が多用されるようになる。
ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」の冒頭に象徴されるように、解決なき掛留の連続は、満たされることのない無限の憧れや、深い内的葛藤を表現するための強力な音響装置となった。
このように、解決をあえて放棄または遅延させるアプローチは、伝統的な機能和声の境界線を曖昧にし、20世紀の無調音楽へとつながる和声進化の引き金となった。
現代ポピュラー音楽における掛留和音(sus4)への変容と音響設計
クラシックの和声法に端を発した掛留音の概念は、現代のジャズやポピュラー音楽において「サスペンデッド・コード(sus4やsus2)」として完全に独立した和音へと進化した。
ポピュラー音楽におけるsus4コードは、もはや三度音への解決を義務づけられた中間状態ではなく、それ自体が独特の浮遊感や現代的な洗練さを持つ和音として扱われる。
ジャズやモーダルな音楽においては、メジャーともマイナーとも決定できない中間的な色彩を空間に付与するために多用される。
デジタル音響制作のミキシング段階においても、sus4が持つ中音域のクリアな周波数分布は、他のトラックをマスキングしにくく、ステレオ音場において広がりと透明感のあるサウンドを合成するのに適している。
「掛留音とは」音楽用語としての「掛留音」の意味などを解説
Published:2026/04/19 updated:
