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音楽用語集 音楽用語辞典

メスト

Posted by Arsène

「メスト」について、用語の意味などを解説

メスト

mesto(伊)

メスト=寂しげに。悲しげに。

発想記号(発想標語、曲想標語)のひとつ。

悲しみの沈殿――メストの哲学的定義

音楽用語のメスト(mesto)は、イタリア語で「悲しい」「憂鬱な」「ふさぎ込んだ」という意味を持つ形容詞であり、ラテン語の maestus(悲しみに沈んだ、不吉な)を語源とする。楽譜上にこの指示がある場合、それは単に「短調である」とか「泣いているような」といった表面的な感情表現を超え、心の奥底に重く沈殿した、逃れようのない「憂愁(メランコリー)」の状態を示唆している。

明るい光が遮断され、世界が灰色に塗りつぶされたような閉塞感。あるいは、激しい慟哭が終わった後に訪れる、虚無に近い脱力感。メストが要求するのは、涙を流すエネルギーすら枯れ果てた、静的で内向的な悲しみの表現である。

「ドレンテ」との対比に見る受動性

悲しみを表す音楽用語は数多く存在するが、それらのニュアンスを区別することは演奏解釈において極めて重要である。特に頻出するドレンテ(dolente/痛ましげに)との比較は、メストの本質を浮き彫りにする。

ドレンテ(Dolente): ラテン語の dolor(痛み)に由来する。これは「痛い!」と叫ぶような、能動的で鋭い悲しみである。傷口から血が流れるような、生々しい苦痛(Pain)を伴う。

メスト(Mesto): これは痛みというよりも「重み(Weight)」や「暗さ(Gloom)」である。運命や不条理に対して抵抗することを諦め、ただその悲しみを受け入れている受動的な状態。心の傷がかさぶたになり、鈍い重圧として残っている状態に近い。

したがって、ドレンテの演奏には鋭いアタックや不協和音の強調が求められるのに対し、メストの演奏には、角の取れた重いタッチや、深海を漂うような持続的なレガートが求められる。

ベートーヴェンが描いた「メスト」の深淵

メストの表現における記念碑的な作品として、ベートーヴェンの『ピアノソナタ第7番 ニ長調』の第2楽章「Largo e mesto(広大に、そして悲しく)」が挙げられる。

若き日のベートーヴェンが、自身の難聴という絶望的な運命を予感し始めた時期に書かれたこの楽章は、単なる緩徐楽章ではない。極端に遅いテンポの中で、低音域の重厚な和音が、引きずり込まれるような引力を持って鳴り響く。ここでの「メスト」は、個人の失恋や感傷といったレベルを超え、全人類的な苦悩、あるいは死そのものと対峙するような、哲学的で深淵な悲劇性を帯びている。演奏者は、音と音の間にある「沈黙」の中にこそ、言葉にできない絶望を込めなければならない。

バルトークにおける「別れ」の動機

20世紀の作曲家バエーラ・バルトークもまた、メストという言葉に特別な意味を託した一人である。彼の『弦楽四重奏曲第6番』では、全4楽章の冒頭すべてに「Mesto」という指示が記されている。

第二次世界大戦の足音が近づき、母国ハンガリーを去ってアメリカへ亡命せざるを得なくなったバルトークの孤独と苦悩。この作品におけるメストのテーマは、ヴィオラによる独白から始まり、楽章を追うごとに他の楽器へと伝染し、最後には曲全体を支配する。ここでのメストは、失われゆく故郷や平和への「別れの歌」であり、時代に対する静かなる抗議の表明でもある。

色彩としての「灰色」

メストを演奏する際、最も重要なのは「音色(Timbre)」の選択である。輝かしい音、艶のある音、透明な音――これらはすべてメストの世界には相応しくない。必要なのは、光沢を消した「マットな音」、あるいは霧がかかったような「くすんだ音」である。

ヴァイオリンであれば、弓の圧力をかけつつスピードを遅くし、倍音を抑制した渋い音を作る。ピアノであれば、左ペダル(ウナ・コルダ)を多用し、ハンマーが弦を打つ衝撃音を和らげ、音が遠くから響いてくるような遠近感を演出する。メストとは、音楽から色彩を奪い去り、モノクロームの世界を描くことによって、逆説的に聴き手の心に鮮烈な心象風景を焼き付ける高度な表現技術なのである。

「メストとは」音楽用語としての「メスト」の意味などを解説

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