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ヨーデル

Posted by Arsène

「ヨーデル」について、用語の意味などを解説

ヨーデル

yodel(英)

ヨーデルは、歌唱法のひとつ。

胸声とファルセットを急速に転換させて歌う。またはその方法で歌われる音楽。スイスやオーストリア、ドイツのアルプス地方で歌われる民謡や、ナトゥーア・ヨーデル(無伴奏のもの)、複数人数で歌われるものなど種類は様々。

声帯の跳躍が生む「魔術的」な音響

ヨーデル(Yodel)という言葉は、一般的にはアルプスの牧歌的なイメージと共に語られることが多いが、声楽的な視点からそのメカニズムを解剖すると、極めて高度で特殊な身体操作に基づいた発声技術であることがわかる。その核心は、地声(胸声/チェストボイス)と裏声(頭声/ファルセット)という二つの異なる声区を、意図的に、かつ急速に行き来することにある。

通常、西洋の伝統的な声楽(ベル・カント唱法など)においては、地声と裏声の境界にある「換声点(パッサッジョ)」をいかに目立たなくし、滑らかに繋ぐかが至上の技術とされる。しかし、ヨーデルはこの価値観を逆転させ、換声点で生じる音色の急激な変化(ブレイク)を「美」として強調する。声帯の振動モードを瞬時に切り替える際に生じる独特の「ひっくり返り」こそが、ヨーデル特有の装飾音的な効果を生み出し、聴き手の耳に快感を与える。これは声帯の筋肉(甲状披裂筋と輪状甲状筋)のコントロールにおける、一種の「制御された事故」を芸術へと昇華させたものと言える。

アルプスの通信手段から「祈り」へ

ヨーデルの起源は、スイスやオーストリアの山岳地帯において、牧童たちが遠く離れた仲間や、放牧中の家畜とコミュニケーションを取るための手段(山岳信号)にあったとされる。「アルプ・セーゲン(Alpsegen)」や「ベット・ルーフ(Betruf)」と呼ばれる伝統的な祈りの呼びかけは、楽器を使わずとも遠くまで届く高周波の裏声を利用した、実用的な音声技術であった。

山々に反響するエコーを利用することで、人間の声は単なる伝達手段を超え、自然界との対話を試みる霊的な響きを帯びる。初期のヨーデルには歌詞が存在せず、母音と特定の音節(ヨ、ホ、ド、ゥリなど)の羅列だけで構成されていたのも、それが意味を伝える言葉ではなく、音響としてのシグナルだったからである。これらは「ナトゥーア・ヨーデル(自然ヨーデル)」と呼ばれ、現代の観光向けに整備された歌謡曲的なヨーデルとは区別される、より原初的で即興的な音楽形式として尊重されている。

アメリカ大陸への伝播と変容

19世紀後半、ヨーロッパからの移民と共にヨーデルはアメリカ大陸へと渡り、予期せぬ進化を遂げることになる。特にカントリー・ミュージックやブルーグラスの形成期において、ヨーデルは重要な役割を果たした。「カントリー音楽の父」と呼ばれるジミー・ロジャースは、黒人霊歌やブルースの感覚とヨーデルの技法を融合させ、「ブルー・ヨーデル」という独自のスタイルを確立した。

アルプスのヨーデルが清澄で垂直的な響きを持つのに対し、アメリカン・ヨーデルはより水平的で、哀愁やブルース・フィーリングを帯びた「語り」に近い側面を持つ。ギターの弾き語りに乗せて、裏声への跳躍を感情の高まりや嘆きの表現として用いるこのスタイルは、ハンク・ウィリアムズらを経て現代のカントリー歌手にも継承されており、ヨーデルが特定の地域に限定されない普遍的な表現力を持っていることを証明している。

普遍的な身体表現としてのポリフォニー

興味深いことに、地声と裏声を交互に使う歌唱法は、ヨーロッパやアメリカだけの特権ではない。中央アフリカのピグミー族(アカ族やバカ族)の音楽にも、ヨーデルと酷似した高度な発声技法が存在する。彼らの音楽は、複数の声部が複雑に絡み合うポリフォニー(多声音楽)を特徴としており、その中で頻繁に声区の転換が行われる。

これは、ヨーデルという技術が文化的な伝播だけでなく、人間の喉が持つ生理的な可能性として、世界各地で同時多発的に発見されうることを示唆している。文明化された社会では「叫び」や「裏声」は抑制されがちだが、自然の中で生活する人々にとって、声帯の全音域を解放し、地声の力強さと裏声の飛翔感を往復することは、最も原始的で、かつ洗練された自己表現の形なのかもしれない。現代の作曲家や前衛的なヴォーカリストたちが再びヨーデルに着目しているのも、そこに「飼い慣らされていない声」の力を見出しているからであろう。

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「ヨーデルとは」音楽用語としての「ヨーデル」の意味などを解説

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