和声
「和声」について、用語の意味などを解説

harmony(英)
和声(ハーモニー)とは、音楽の三要素のひとつで、同時に響く2つ以上の音で和音を構成する事。また、メロディを包み込んで全体的な調和感を形成する和音、及びその和音を継続的に連結する事。複数の和音の連結、音程や和音の水平的進行や相互関係を意味する。
垂直の響きから水平のドラマへ 声部連結の妙技
和声(ハーモニー)を理解する上で最も重要な視点は、それが単なる「和音(コード)の羅列」ではないということである。和音が「縦の響き」という瞬間的な断面であるのに対し、和声はその響きが時間軸に沿ってどのように推移していくかという「横の流れ」を扱う動的な概念である。
この水平的な繋がりを支配するのが「声部連結(ヴォイス・リーディング)」という技法である。古典的な和声学、特にバッハのコラールに見られるような四声体(ソプラノ、アルト、テノール、バス)の書法においては、各声部が独立した旋律としての美しさを保ちながら、同時に全体として調和の取れた響きを生み出すことが求められる。ある和音から次の和音へ移行する際、各構成音が最小限の動きで滑らかに連結されることで、音楽は有機的な呼吸を獲得する。つまり、和声とは複数の旋律線が織りなす綾であり、その精緻なタペストリーこそが西洋音楽の骨格を成しているのである。
機能和声という「文法」の確立とカデンツの魔力
18世紀、ジャン=フィリップ・ラモーによる『和声論』の刊行によって体系化された「機能和声(Functional Harmony)」は、西洋音楽における共通言語、あるいは「文法」としての地位を確立した。これは、全ての和音を「トニック(主機能)」「ドミナント(属機能)」「サブドミナント(下属機能)」の3つの役割に分類し、その連結によって調性の中心を確立するシステムである。
特に重要なのが「カデンツ(終止形)」の存在である。不安定で緊張を孕んだドミナントが、安定したトニックへと解決しようとする強い引力(ドミナント・モーション)は、音楽に推進力を与えるエンジンの役割を果たす。この「緊張」から「解決」へというプロセスは、聴衆の心理に「問い」と「答え」のような納得感をもたらし、楽曲の構造を分節する句読点として機能する。古典派のソナタ形式などが長大な建築物を構築できたのは、この機能和声という強固な土台があったからに他ならない。
感情の揺れ動きと和声的色彩の拡張
ロマン派の時代に入ると、和声は単なる構築のための構造材から、感情や色彩を表現するための主要な手段へと変化していく。作曲家たちは、より複雑で遠い調への転調や、「借用和音」「ナポリの六度」「増六の和音」といった変化記号を伴う和音を多用することで、聴衆の予期を裏切り、ドラマティックな効果を狙うようになった。
例えば、シューベルトやショパンの作品に見られるような、長調と短調の境界を曖昧にするような和声進行は、喜びの中に潜む哀しみや、絶望の中の希望といった人間の複雑な心理状態を見事に音響化している。ここでは、協和音の安らぎよりも、不協和音がもたらす摩擦や焦燥感こそが表現の核となり、解決されない緊張の持続が、ロマンティックな憧憬や苦悩を象徴するようになったのである。
「禁則」の意味と歴史的必然性
和声学を学ぶ者が最初に直面するのが、「並達5度」や「並達8度」の禁止といった厳格なルールである。これらは単なる形式的な縛りではなく、各声部の独立性を守り、豊かな響きを確保するための歴史的な知恵の結晶であった。並行して動く完全5度や8度は、二つの声部が溶け合いすぎて一つに聞こえてしまい、多声的な豊かさを損なうため忌避された。
しかし、歴史が進むにつれて、これらの禁則は表現のために意図的に破られる対象となっていった。ドビュッシーは、機能和声の論理よりも「響きの快感」を優先し、並行和音を色彩的なエフェクトとして大胆に使用した。これにより、和声はゴールに向かって進む「矢印」としての役割から解放され、その場に漂う「色彩」としての価値を獲得することになる。
トリスタンから無調、そして現代へ
和声の歴史における最大の転換点は、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』冒頭の「トリスタン和音」であると言えるだろう。解決されない不協和音の連続、調性の極限までの拡大は、機能和声の崩壊を予感させるものであった。その後、シェーンベルクらによる無調音楽や十二音技法の登場により、伝統的な「協和音/不協和音」の二項対立や、主音への回帰という概念は否定され、和声は「音響的な現象」として再定義されるに至った。
現代においては、ジャズにおけるテンション・ノートを多用した複雑な和声や、ポピュラー音楽における洗練されたコード進行、さらには現代音楽における倍音スペクトルに基づいた和声など、かつての機能和声の枠組みを超えた多様なアプローチが共存している。しかし、どのようなスタイルであれ、複数の音が重なり合い、時間の中で変化していくことで人の心に情動を喚起するという和声の本質的な力は、今も変わることなく音楽の根底を支え続けている。
「和声とは」音楽用語としての「和声」の意味などを解説
Published:2026/01/28 updated:
